ep弐・犬はいなくとも熊退治(前編)

「おおおおおおおおおお!!!」
「にゃああああああ!!!」

斬ッ……

狼牙の振り下ろした太刀が大きな弧を描いて、小型の肉食獣・ジャギィの頭を割る。
グラリと力なく倒れたジャギィは、痙攣を起こしてピクピクと蠢きながら、傷口から噴水のように血を垂れ流して地面を赤く染める。
返り血を浴びた狼牙は太刀を構えたまま、倒れたジャギィを睨み付けていた。
その姿は、まるで無慈悲な鬼神の如く。
「ひ……ひ…。」
その足下にはネコマタのガチャが震えていた。
狼牙の斬撃はガチャごと斬り捨てる勢いだった。
邪魔になればお前ごと斬る、という狼牙の言葉に嘘はなく、ガチャの姿を視界に納めていたにも関わらず狼牙はその太刀を渾身の力を込めて振り下ろしたのだった。
ガチャは未だ痙攣の止まない死に逝くジャギィを見て、心底青くなった。
もしも後少し、回避が遅かったら自分もそこに転がっていたのだ。
「……………ふっ!!」

ピュッ……

痙攣を止めないジャギィの首を、狼牙は再び太刀を振り下ろして刎ねた。
「にゃー!!」
ドバッと吹き出る夥しい出血に、ガチャは悲鳴を上げて顔を背けた。
「……よし、こいつの皮でも鱗でも剥いでおけ。」
ジャギィが死んで、完全に動かなくなったことを確認した狼牙は、ガチャに剥ぎ取りを命じると、自分はさっさと次の標的を探しに歩き始めた。
「だ……、旦那さん…!!」
「………何か用か。」
あまりに素っ気ない狼牙に、ガチャは目に涙を溜めて、涙声で叫ぶように声を振り絞る。
「今…、今ウチごと殺そうとしたにゃ!?」
「だからどうした。」
まったく意に介さない狼牙に、ガチャは何も言えなくなる。
今の狼牙にとって、もっとも必要なのは力なのである。
ただ、ジンオウガの圧倒的な力に届きたい。
無垢な子供のように願うその姿は血生臭くて、子供のガチャにですら容赦なく、孤独で、危うくて、研ぎ澄まされた太刀のように暗く冷たい印象を与えた。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ガチャの目に溜めた涙がボロボロと零れる。
だが、ガチャに振り向くことなく歩き出した狼牙は、まったく気付かずにガチャを置いて、どんどん先へと歩き続ける。
「……早く来い。一度村に帰るぞ。」
やはり振り返ることもなく狼牙は、命令するような厳しい口調で言った。
ひっく、ひっく、と泣きじゃくるガチャだったが、声を上げて泣けばまた怒られるかもと思い、狼牙と距離を開け、声を殺して泣きながら後を付いていく。
最悪な滑り出し。
まったく別の意味合いではあったが、奇しくもこの二人の感想は同じだった。


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「おや、お帰り……っとネコは一緒じゃないのかい?」
村に帰ると俺は真っ先に武具工房へと立ち寄った。
工房の外の揺り椅子の上に、ゆったりと寝そべるように腰かけるのは工房の主人で、自分の腕に作れない武具はないと豪語するサイプロクスだ。
本名はわからない。
だが、村人は誰もが彼女のことをオババと呼ぶ。
見た目は、俺より少し年上なくらいにしか見えないのにな…?
「ああ、あいつは先に風呂に行ってる。」
「どうせ、泣かしたんだろう?」
「すぐに泣くようガキだ。」
そう吐き捨てると、オババは読みかけの本を閉じてゆっくり首を振った。
「ガキはどっちだい。」
「ああ!?」
「そうやってすぐ喧嘩腰になるのは若い証拠さね。まぁ、アタシには関係ない話だ。これ以上首を突っ込む気はないよ……で、鎧でも作りに来たんかい?」
オババの言葉にカチンと来たが、言い争っても無駄なので俺は背負っていた太刀を乱暴に工房のカウンターに叩き付けた。
「斬れ味が悪くなった。」
「やれやれ、乱暴な子だねぇ。見せてごら……こりゃあ…。」
「どうした?」
オババは大きな目を瞑って、こめかみを押さえると引き攣った口で言った。
「どんな斬り方をすればここまで駄目になるんだい?」
「何のことだ。」
「刀身に油が回っている。血が染み付いて、なかごが腐りかけてる。骨ごと斬ろうとして鋸みたいに刃こぼれが酷い。よくもまあ……、一回の依頼でここまで出来たものだよ。」
修理は無理だね、とオババは俺の太刀を投げる。
「例え修理したとしても、今度はこれ以上に壊してくれるだろうね。」
「そうでもなければ……、やつに…、ジンオウガに届かない。」
「………馬鹿だね。ジンオウガに惚れちまうなんか正気の沙汰じゃないよ。あいつはこの渓流が産んだ食物連鎖の頂点だよ。ただの人間があんな化け物に敵う訳が……って諦める気はないって顔してるね。」
俺は無言で頷いた。
諦めるならハンターを辞めている。
諦めるくらいなら、あの日、あのまま死んでいる。
「まったく、ハンターってやつは…。どいつもこいつも死にたがりの集まりだよ。よこしな……、何をってツ
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