第百八話・偽神暗忌

「ヒロ将軍、進軍速度を落としてください!このままでは後続が、追い付けません!」
ヴァルハリア・旧フウム王国連合軍、ヒロ=ハイル率いる鉄鋼騎兵団が大地を翔ける。
土煙を上げながら、鉄鋼騎兵団と彼に従う多くの騎兵は、時には道なき道を、時には荒野を、ヴァルハリア教会大司教ユリアスと旧フウム王国国王フィリップ率いる本隊から離れて、敵とされた神聖ルオゥム帝国帝都コクトゥに向けて進軍していた。
「構いません。進軍速度をこのままに。脱落者を待つ必要はありません。今は一刻も早く帝都コクトゥを目指してください。兵は神速を尊ぶ、その金言通りです。この戦は、一瞬たりとも無駄にしてはいけません。進軍!」
ヒロ=ハイルの用兵は、鮮やかにして苛烈であったと後世に残されている。
それまで機能らしい機能もしていなかった騎兵たちを見事に纏め上げ、連合軍上層部には不可能な行軍速度で、今まさに帝都コクトゥに迫っていたのではあるが、この異常な行軍速度に付いて来れない未熟な騎兵は次々に脱落し、集団の最後尾から散り散りに消えていくのである。
「ヒロ将軍、帝都までの道程はまだ長うございます!どうかここは兵たちに休息を…!このままではフィリップ王や大司教猊下からお預かりした1000の騎兵が、帝都に辿り着くまでに7割も残れば良い方に…!」
ヒロは部下の進言に首を振った。
「この兵力で帝都を陥落することは不可能です。しかし、この進軍は一刻も早く帝都に辿り着くことに意味があるのです。我々が彼らの予想よりも早く辿り着けば、それだけで兵はともかく民の群れが崩れるのです。そうなれば…。」
最早戦にはならない、とヒロは振り返らずに言った。
帝都を捨てて逃げる民の群れが崩れた時、セラエノ軍も帝国軍も事態を収拾することに努めなければならず、そうなってしまえば連合軍を防ぎ切ることは出来ず、全員討ち死に、もしくは降伏という選択肢しか残されないのである。
だから、ヒロは急ぐのだが、その口調にはどこか焦りがあった。
「降伏させなければいけない。」
「何故ですか、何故ヒロ将軍はあの連中に拘るのですか!?あんな魔物どもと共にある堕落した者どもは皆殺しになって然るべきではありませんか!」
部下の叫ぶ声をヒロは無視した。
ヒロが焦るのには理由があった。
この速すぎる行軍の理由を、この当時の諸将は『出世に目が眩んでいた』や『戦利品を独り占めしたかったのでは』という憶測を自身の日記や親しい者への手紙に残しているのだが、真実は違った。
『あんなものを……認めてはならなかった…。』
老齢に達した頃、ヒロ=ハイルはこう漏らした。
ヒロの呼ぶ『あんなもの』。
それはヴァルハリア教会大司教ユリアスが『神』と呼んだ者。
その正体をヒロが知った時、その憤りは尋常ではなかった。
「認めるものか……!あんなものが…神であってたまるか…!!」
ヒロは誰にも聞こえないくらいの声で吐き捨てた。
馬蹄の音が地響きの如く鳴り響く。
行軍指揮を任されたのではない。
珍しく、ヒロは軍議で総司令官であるフィリップに食って掛かって、無理矢理行軍指揮を奪い取ったようなものなのである。
『アレ』が帝都に辿り着いたら。
『アレ』がもしも紅龍雅に追い付いてしまったら。
そう思うと、居ても経ってもいられなくなったヒロは、軍議の席でフィリップ王と争ってまで行軍の指揮を、騎兵の指揮権だけを奪い取り、こうして大地を駆け抜けるのである。
「死なせてはいけない…!あの人を…、あの人たちを絶対に死なせてはいけない…!」
降伏してほしい、とヒロは願った。
降伏してほしい、と願った対象は紅龍雅だけではない。
彼を慕う魔物たちやその部下までも考えていた。
「出来るはずだ…!あの人たちが……あの人たちがこの教会に来てくれたなら、きっと立て直せるんだ…!例え、滅んでも構わないと考えた私の故郷でも…、こんな不毛地帯になってしまった私たちのヴァルハリアを、きっと…今よりもずっと良い方向に導いてくれるはずなんだ…。活気に溢れるような、愛すべき故郷に…!だから、降伏してください…!どうか…、どうか……間に合えぇぇぇぇーっ!!!」
ヒロは馬の腹を蹴って、さらに速度を上げる。
それに伴い、彼を追って騎兵たちも速度を上げ、後方の未熟な者たちは、どんどん崩れていく。

後世、『疾風』という二つ名を以ってヒロ=ハイルは名を残す。
しかしそれは華々しい言葉と裏腹に、彼にとって最も悲痛な結果が生んだ名声であった。


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後世、旧フウム王国国王フィリップは多くの史記において、『器の小さい人物』、『非常に嫉妬深く、部下の成功も許せない人物』などネガティブなイメージを連想させる文言が、何故か共通して残されている。
その中でも、もっとも彼
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