それはそれは奇妙な光景。
怒り心頭の老人はその荒ぶる感情のままに剣を抜き放ち、
静かな怒りを腹底に静めた青年は非武装のまま立ち塞がる。
老人の背後には狼狽する兵士と力なき民。
青年の背後にはただ死を待ち、縄を打たれた罪人たち。
相容れぬ主義主張。
相容れぬ感情。
譲れぬ者たちのぶつかり合い。
時間を少しだけ戻そう。
それはノエル帝が帝都入城を果たす少し前。
ノエル帝に先んじて、彼女の大叔父であるリヒャルト=ルオゥム老人が帝都の治安と秩序を回復するという名目の下、完全武装をした一隊を率いて先発隊として入城した。
それを見て何か不安を感じたのか、それとも継続し続けた戦闘の緊張感が感じ取ったのか。
同盟軍総司令官・紅龍雅はただ一人、入城に備えて直垂(ひたたれ)に烏帽子という正装に着替えていたのだが、着替えもそこそこに太刀も持たずに馬に跨ると、彼の補佐役であるサイガにノエル帝やアルフォンスにリヒャルトと共に先に入城する旨の伝言を頼むと大急ぎで老人の後を追った。
龍雅の不安は的中していた。
リヒャルト老人は直属の兵を用いて、この度の謀叛に参加した貴族のみならず、秘密裏に貴族の事情を知らずに兵を指揮していた100人隊長級の階級にあった者まで逮捕し、処刑を待つ謀叛貴族やその一族に紛れ込ませていた。
老人の本来の計画であったなら、兵卒やその一族まで根絶やしにする気でいた。
だが数があまりに多く、秘密裏に逮捕するには時間が足りなかったということで100人隊長級のおよそ20名を猿ぐつわで喋れぬように口を塞ぎ、処刑される謀叛貴族たちと共に葬り去られようとしていた。
ノエル帝の指示したことではない。
これは傷付けられたプライドに対するリヒャルト老人の個人的な報復である。
龍雅は単騎入城するとすぐ、おかしな動きをしている兵士を捕まえて問い詰めたのだが、彼らは意外な程何の抵抗もなく白状したのであった。
老人の直属の兵であるにも関わらず、老人の行動に疑問を持っていた。
彼らは口を揃えて言った。
「お話のわかる陛下でしたらいざ知らず、リヒャルト公はお怒りになると下々の言葉に耳をお貸しになりません。ましてや我ら帝国軍は元々平民出身者が多いのです。皇族に意見するなど、それこそ天に唾を吐くようなもの…。」
龍雅は事情がわかると、捕まえた兵士たちに礼を述べて彼らをすぐに解放した。
そして今後はノエル帝の名の下に、例え命令した相手が皇族であろうとノエル帝の意思に反した勝手な行動を慎むようにという訓戒を以って、彼らに関するこの問題を不問とし、彼は総司令官という権力を行使し、ノエル帝入城の手伝いをせよという新たな命令を与えて、城門を清める民衆や入場する帝国軍の列に戻るよう促した。
兵士たちがリヒャルト老人の実質的に指揮下から外れて、人々の列に戻った頃、龍雅の抑え込んでいた怒りが静かに彼の中で燃えていた。
その姿は、まさにロウガに近い存在であることを雄弁に物語っている。
彼の遠縁に当たる龍雅にも、やはりロウガと同じ血が流れているのだ。
反骨に次ぐ反骨の者。
あたら無駄な血を流し続ける絶対者を許せぬ激しい気性。
ただそれだけが彼らを戦に駆り立て続けた。
ただそれだけがロウガと彼を繋ぐ唯一絶対の絆であった。
龍雅は走った。
リヒャルト老人の気性なら、あの場所に行くはずだと。
警備という名目で兵を動かした男ならば…。
彼の脳漿は無数の結末を予想しては消していく。
そして残ったもっとも確率の高い結末。
リヒャルト老人ならば、ノエル帝や帝国軍が入城し終わるまでに何らかの理由を付けて、自らを捕らえ、皇族を捕らえて処刑しようとした謀反人たちに直接的な報復に行動を起こすはずだと…。
ロウガを兄のように慕い、自らの主とし続けた男の新たな舞台。
絶望の処刑場。
何も持ち得ない男が掴む夢物語である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「若造、貴様…!!」
老人は怒りのままに剣を抜いた。
ここは………なんちゃら広場。
名前は聞いたような気がするが、ろくすっぽ覚えちゃいない。
この老人がこれからやろうとしていることを考えれば、名前などどうでも良い。
「ジジイ、ノエルがそれを望んだか。」
騒ぎを聞き付けて民衆たちが、ざわざわと集まってきた。
誰もが不安そうな顔で俺たちを見ている。
この光景を見れば、誰だってそうだ。
「ノエルだと!?貴様、この期に及んでまだ皇帝を呼び捨てするか!!貴様が臣下であろうとなかろうと容赦はせぬ!!不敬罪を適応し、今すぐその者たちと同じように首を刎ねてくれる。この……、帝国軍を腑抜けの集まりにした獅子身中の虫め!!!」
「黙れジジイ。テメエの濁声なんか聞くに堪えん。その口、糸で縫われたくなけりゃ少し黙っていろ!!!それともその
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