第九十六話・予言者は語り、龍は飛翔の刻へ

ムルアケ街道に陣を敷くロウガの手元には1000の兵。
それに対してフウム王国旧勢力残党、自称義勇軍は2000。
約二倍の兵力を率いてムルアケ街道を進軍しているという情報を、ネフェルティータは深夜、連合軍参謀として潜入している悪逆勇者ことハインケル=ゼファーからの緊急通信を受け、本拠地・学園都市セラエノの自身の執務室で知ることになる。
『あまり心配はしていねえが…。』
というハインケルの言葉通り、ロウガの下にはアスティアがいる。
しかし、二倍の兵力差では思うように攻勢に打って出れないのは必至である。
これがもしも芝居小屋の英雄譚や吟遊詩人の奏でる軍記物であったなら、ロウガやアスティアなどの英雄はたった一人で戦局を変え、たった一人ですべての敵を滅ぼすという痛快な展開も待っていよう。
だが、現実というものはかくも御し難いもの。
如何に二人が一騎当千、万物不当の豪傑であろうとも、そううまくはいかないのである。
万が一のことがあっては…。
その思いからネフェルティータは深夜ではあったが、サクラとマイアを呼び出し、セラエノ学園小会議室にて対応を練ることにした。
尚、ダオラもこの時にはセラエノに帰還し治療を受けていたのだが、毒の影響は思いの外強く、意識はあったものの、また高熱を出してベッドから起き上がれずにいたのであった。
彼女の腹積もりは決まっている。
すぐにムルアケ街道に援軍を送ろう。
学園都市セラエノを守る500の兵が加わればロウガとて十分に攻勢に打って出れるだろうと、ネフェルティータは考えていたのだが、彼女にとって思わぬ答えがサクラの口から発せられた。
「……先生、ロウガさんに通信をお願いします。僕たちから援軍は送れません、と。」
「…………………!?」
マイアもサクラに同調する。
ネフェルティータには信じ難い返答だった。
「ど、どうして!?ロウガさんに危機が迫って…!」
「先生、落ち着いてください…。援軍を、派遣する時間がない。それに残る全軍を投入して、もしも彼らが迂回して、直接ここを襲ったとしたら……、僕らだけでは守りきれません。防壁も櫓も未完成。こんな状態で援軍を送ろうものなら、ロウガさんは叱りはしても褒めてはくれないでしょう…。」
サクラの言葉にマイアも頷く。
マイアも心の底ではすぐに父と母の下へ駆け付け、共に戦いたいと願っていた。
だが、彼女は決めたのだ。
自分の居場所はサクラの隣なのだと。
サクラの傍を離れてはいけないのだと、自分に言い聞かせた。
それはアスティアがロウガの傍を離れないのと同じ理由である。
「間に合わないんですよ…。僕だってあの人に万が一のことがあってはならないと思っているんです…。でも間に合わないはずです。ムルアケ街道までおよそ6日の距離。大急ぎで準備をしたとして、500の兵の足並みが揃うのは明日の昼過ぎ…。しかも、そのほとんどが歩兵だ。龍雅さんみたいな用兵術を持っていない僕らには、あまりに距離が遠すぎるんです…!先生もわかっているはずだ……。彼らがロウガさんたちと接触するのは、僕らが出発してすぐくらいだって…!」
ネフェルティータは目を伏せる。
それが肯定。
彼女の予測では2、3日以内に武力衝突があるはずである。
「わかりました……。ロウガさんへの連絡は私がします…。お二人は、どうかこのことをご内密にお願いします…。急に危機的な状況を迎えたと知れば、町の人々にも動揺が広がりますから。」
わかっています、とマイアがサクラの代わりに答えて、小会議室を後にした。
ネフェルティータは溜息を吐く。
この報告が如何に重大で、心に重く圧し掛かるか、手に取るようにわかる。
心の準備をして、魔力を解放し、ロウガへ伝えよう。
そうしようとした瞬間、
「チクショオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
聞いたこともないようなサクラの悲痛な声とやり場のない怒りを壁に叩き付ける轟音。
ネフェルティータもそんなサクラの声に驚いたが、この時、彼女はハッキリと理解した。
サクラも心を押し殺していたのだと。
それもまだ成人すらしていない少年には重過ぎる責任を彼は果たそうと必至なのだった。

数分後、心を落ち着けたネフェルティータはロウガに援軍に向かえない旨を伝える。
通信機を持たないロウガには一方的に伝えるだけの通信であったが、ロウガは特に怒る訳でもなく、まるでそのことを知っていたかのように平然としていたと、アスティアは証言している。
そして、ロウガは赤鱗の乙女、アドライグにクスコ川流域にてルオゥム帝国軍と共に陣取っている同盟軍総司令官・紅龍雅の下へ向かうように要請する。
彼女がどうしてロウガに直接指示されたのかは定かではないが、この時のことでアドライグは後にネフェルティータの記した歴史書に名を残すのである。
予言者・アドライグとして…
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