「……………大叔父様、どうか頭をお上げください。」
「すまぬ…、すまぬ、ノエルよ!!お前の留守の間、立派に帝都の者たちを守ってみせるとヌシに大言を吐いておきながらこの体たらく!!帝都を…、国務大臣どもに奪われ申した…!!!民を踏み躙られて尚怒りを覚えぬボンクラどもに、このワシが負けてしまった!!!さあ、ノエル。この白髪首を落とされい!!!ヌシに報告さえ出来たなら、最早この世に思い残すことはない!!!」
最前線のノエル帝の下に使者とも呼べぬボロ服を纏った老人が駆け込んだ。
男の名はリヒャルト=ルオゥム。
ノエル帝の祖父ヴァイス5世の弟で、73歳の老練な歴戦の軍人であり、その忠誠心と無骨さから、ノエル帝がもっとも信頼する人物の一人でもあった。
老人は涙を流し、ノエル帝の足元に頭を擦り付けて謝罪していた。
ノエル帝はどうすることも出来ず、瞳を閉じて深い溜息を吐く。
「大叔父様………、謝罪は…、無用です。大叔父様に落ち度があったのではありません。あの者たちを中央に残して出陣した私の落ち度なのです。信仰心溢れる者たちを、大叔父様と一緒に帝都に残してしまったのは私の落ち度。しかし、起きてしまったことは元には戻りません。これから、どうするのかを考えねばならないのです。連合軍に降伏するか、ここで玉砕すべきか…。退路を断たれた我々に、その選択肢はないに等しいのですから…。」
ノエル帝は苦々しい顔をする。
リヒャルト老人の報告は彼女を絶望させるのに十分過ぎる威力を持っていた。
神聖ルオゥム帝国、帝都コクトゥで神への信仰を捨て切れぬ者たちが謀反を起こした。
その中心人物は帝国国務大臣グルジア=クラミスという50代半ばの男。
彼は皇帝不在の中、教会との関係を断つことを良しとせぬ親ヴァルハリア教会派を煽動し、電光石火の早業で宮廷内の皇帝派を次々に逮捕し、宮廷を親教会派で染め上げた。
そしてヴァルハリア・旧フウム王国連合軍に急使を送り、自分たちの立場を明確にした上で、連合軍に叛意はなく、戦列の端に加えてもらえるならば帝国軍の背後を突き、皇帝の首を以って、これを忠誠の証にしたいと申し入れたのであった。
それは同盟軍にとって、ダオラが戦列を離れてしまった以上の大打撃であった。
リヒャルト老人は、追っ手を命辛々振り切って、ノエル帝にそれを伝えに来たのである。
「ノエル、ワシは帝都にて聞いたのだが……、何でも魔物たちと同盟を結んだとか…。それは真(まこと)であるか?」
リヒャルト老人の言葉にノエル帝は頷いた。
「大叔父様、私は戦場にて知ったのです。何代も盟を結んだ国家は我らを見捨て、そして教会が世界の敵と認めた彼の者たちは滅亡に貧した帝国を捨て置けず駆け付けてくれたのです。最早、反魔物だ親魔物だという論理は破綻しております。人間が人間を見捨て、魔物が人間を捨て置けない。これのどこに魔物を憎む理由がありますか?魔物を敵だと信じる理由がありますか?少なくとも私にはそれを見出せなかった。ですから、私は盟を結んだのです。領地を持たぬ小さな街と対等な盟を。今の私には……、援軍を送ってくれた彼らにそれ以上に返せるものが何もないのですから…。」
ノエル帝の言葉にリヒャルト老人は何も言えなかった。
兄の孫娘は、いつの間にか自分の手を放れ立派な皇帝になっていたことに喜んでいた。
だが、状況は感傷に浸る時間を与えてはくれない。
この立派に育った皇帝は、あまりに生まれてくるのが遅すぎた。
「……して、帝都の様子は如何なものですか?」
「……………教会派の者どもが帝都の民に戒厳令を敷いておる。そして指示を得るためにヌシが討ち死にした。ヌシが討ち死にした故に降伏し、ヌシが乱した伝統と秩序を回復すべく、再び教会と神の慈悲に縋るべきだと触れ回っておるわ。」
「………はっ。」
ノエル帝は呆れたような笑いを浮かべた。
「私が討ち死に?馬鹿馬鹿しい。」
「だが、効果は絶大だった。ヌシは民衆に人気があり、民の声を聞いて玉座に君臨し続けた。ヌシが討ち死にしたとあれば、民衆も抵抗する理由がないのだからな。そして奴らにしてみれば、ヌシは伝統破壊者。魔物と心を通わせ、異端の悪魔に心を開き、教会に弓引く者。グルジアの若造は、この戦が始まってすぐにそう息巻いておったわ。」
「まるで教会の犬のようだ…。」
今度は心底呆れて、ノエル帝は溜息を吐く。
しかし、事態は深刻だった。
どんなに離反した家臣に呆れようと、挟み撃ちの危険が迫っている。
その時だった。
「よう、皇帝。ちょっと良いか?」
二人の会話を遮るように、皇帝の幕舎に入ってきたのは同盟軍司令官・紅龍雅であった。
「ああ、紅将軍。余に何か?」
不遜な態度に怒りを露わにしたリヒャルト老人だったが、ノエル帝は老人の怒りを制した。
彼はあくまで協力者であり、家臣でも
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