「そなたを救う。」
蛇矛の切っ先をジークフリートに向け、ダオラは言い放った。
ジークフリートを救う。
それはかつて、ダオラ自身がサクラに向けられた言葉。
憎しみの深淵で滅びるだけだったダオラを救いたいと願ったサクラの言葉。
黒いダオラと化したジークフリートは戸惑っていた。
「俺を……救う!?」
自身にとってダオラの言葉に意表を突かれたジークフリートは一歩後ずさる。
彼は混乱していた。
ダオラを人類の敵と信じていた。
ダオラを妻子の仇と信じていた。
深い絶望と憎しみからヴァルハリアの教義が正しかったのだと信じていた。
魔物との共存など夢なのだと。
魔物は人間を喰い、滅ぼすだけの悪魔なのだと。
しかし、事実は違っていた。
ダオラもまた、復讐に身を焦がしていた。
ダオラもまた、愛する者たちを奪われていた。
そして、すべての憎しみの連鎖は人間が発端であったことにジークフリートの心は揺らいだ。
「世迷言を…!俺は救いなど求めては……!!」
「ああ、そうであろうな。だが、そなたの意思など知ったことではない。救いたいという思いに理由など必要ではない。我はそれを人間に教わった。憎しみに囚われた我を、心まで打ち倒した人間に教わったのだ。…………それに。」
ダオラはジークフリートに蛇矛の切っ先を向けたまま瞳を閉じる。
ダオラは知っているのだ。
これから起こることを。
ジークフリートの身に起こることを。
「ダオラ、貴様……、俺を侮辱する気か!それとも俺を救うとは、その命を差し出して数多の魂の慰めとするつもりか!!ならば………、望みど……お…!?」
ドクン
ジークフリートは言い知れぬ感覚に襲われて、思わず身体を丸めた。
辛うじて倒れ込まずに済んだものの、心臓の鼓動に合わせて、痙攣するように何度も何度もビクンと身体が弾けるのである。
意識が遠くなる。
視界が真っ赤に染まり、まるで獣のような荒い息を吐き続ける。
「……これ以上は、…見るに堪えないのだ。」
ダオラは知っていた。
膨大な魔力に犯された結果。
そしてダオラを憎むあまりにダオラになってしまった結果。
それは脆弱な人間という器には、至極当たり前の結果だと言えるだろう。
待っていたのはジークフリート=ヘルトリングの覚悟していた末路だった。
「……………オ……オオオオオオオオオオオオオオォッ!!!!!!!」
自我の崩壊。
ジークフリートが望んだ禁呪法は完成した。
ダオラを憎み、ダオラを殺すことを願って人間という器を捨て、ドラゴンの身体へと急激な変化を遂げたジークフリートは、ついに完全にダオラそのものになったと言えるだろう。
暴龍。
それは、彼が目に焼き付けたあの日のダオラ。
圧倒的な力の象徴。
その日、あの日の悪夢はダオラの目の前で完成した。
そこにはもう、ジークフリート=ヘルトリングという人間はいない。
ただ、ジークフリート=ヘルトリングという名の自我を失った暴龍が、嵐のような魔力を撒き散らし、大気を震わせて吼えていた。
「…許せ。禁呪法を使った時点で、もうそなたの命は救えない。ならばせめて、禍々しき闇に喰い尽される前にその魂だけは救ってみせよう。それが……、我のせめてもの罪滅ぼしだ。」
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」
最早、言葉は通じない。
だが、ジークフリートはダオラの声に弾かれるように、土煙を上げて駆ける。
手にはフランベルジュ。
毒に濡れた長剣を叩き付けるべく、ジークフリートは獣のように走る。
「……決着を付けるぞ。……我よ!!」
見開いたダオラの目に、何の迷いもなかった。
あの日、彼女に手を差し伸べた少年のように、ダオラの目には決意があった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ジークフリートの放った一撃が外れて大地を割る。
ダオラの蛇矛もジークフリートの踏み込み速度に狙いを外して空を斬る。
「オオオオオオオオオオオッ!!!!」
ジークフリートは大地を割った勢いをそのままに斬り上げる。
その時、ジークフリートの右腕の関節、全身の筋肉が身体の限界の動きをしたために、関節が砕け、筋肉が断裂し、ダオラの耳に生理的嫌悪を催す音を届けた。
ダオラは身体を逸らし、紙一重で難を逃れる。
だがジークフリートは砕けた関節、断裂した筋肉で追撃を仕掛ける。
禁呪法・暴食の顎は休むことを許さない。
負傷ぐらいで倒れることを許さない。
貪欲に発動者の望む獲物を喰い尽くすか、発動者の命が尽きるまで止まることはない。
砕けた関節は魔力によって無理矢理再生され、断裂した筋肉も人体のものとは異なる物質でさらに強化されて、ただダオラを追う。
暴走したジークフリートは、ただ剣を振るだけで、ダオラを追い詰めるために踏み込むだけで自らの身体を傷付けていく。
如何にドラ
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