―――――――――14年前
「私、これが良いな。」
それはファラ=アロンダイトがまだリトルとそう変わらない年齢だった頃。
そして堕天使ネヴィアが、まだ一地方騎士団の守護天使だった頃の話。
彼がフウム王国に所属する前、『沈黙の天使騎士団』の前身である『ガウェイン騎士団』のまだ小隊長だった頃のある夏の日。
ガウェイン騎士団の駐留する町は、祭りで賑わっていた。
この町の領主に待望の世継ぎが生まれ、領民に慕われる名君であったことから、世継ぎ誕生に領主のみならず領民まで総出で喜び、誕生を祝福する声はやがて賑やかな祭りへと発展していった。
そんな賑やかな雰囲気に、当時のガウェイン騎士団長も所属する騎士たちに休暇を与え、皆それぞれに一時の休息を楽しんでいたのである。
人々が賑わう出店が立ち並ぶ大広場。
祭りの雰囲気を感じてみたいと、珍しく我侭を言ったネヴィアの護衛として、騎士団内部で武力、人格共に急成長株と目されていたファラが付いて練り歩いていた。
ネヴィアは人々の楽しそうな顔、活気のある商人たち、そして天使という物珍しさで彼女に構って来る子供たちの姿に自然と微笑みを浮かべ、子供たちと談笑を楽しんでいた。
ファラの手を引いて踊りの輪に加わるなど、普段、大人しく厳粛な天使として、そして騎士団と共に戦場で弓を引く彼女の姿しか知らないファラは、今まで知らなかった一面に新鮮な心地でネヴィアの傍に就いていた。
「あ……、ごめんなさい。楽しくなかったですか…?」
踊りの輪から外れると、汗を掻いて赤くなった顔でネヴィアはファラに訪ねる。
「いや…、殺伐とした戦場から離れる時間なんて本当に何年ぶりかもわからなくて…。少しだけ戸惑っているんだ。教えてくれ、ネヴィア。俺は……、どんな表情を浮かべれば良い。」
この頃のファラ=アロンダイトは、ごく普通の喋り方をしていた。
ただ現在の彼よりもいくらか感情のコントロールが苦手で、戦場と騎士団の往復だけが彼の日常であり、この頃にはすでにリトル=アロンダイトを預けられてはいたものの、その生活に変化は乏しかった。
だが、リトルの存在は彼にとってありがたいものだった。
ただ目的もなく戦場に向かう、ということからリトルとの生活費を稼ぐこと、そして望まぬ出生という悲しい運命を背負ったリトルをこれ以上一人ぼっちにしてはならないという使命感が、この頃のファラには芽生えていた。
だが、それでもファラは正直にネヴィアに日常に溶け込めない戸惑いを答えた。
「……そう。確かに私たちは戦場に長くいすぎましたね。ねぇ、ファラ。あなたは今、この人たちの輪の中にいて、不快かしら?」
「いや、不快じゃない。よくわからないが……、気分が高揚している。」
「ふふふ、でしたら……♪」
くい、とネヴィアはファラの唇の両端を指で持ち上げた。
それは少々不恰好ではあったが、笑顔を作っている。
「笑いなさい。あなたが感じているのは、楽しいという感情なのです。駄目ですよ。笑うことはこの世界で生きる者すべてに与えられた特権なのですよ。せっかくの特権を行使しないなんて、そんなもったいない人生を送ってはいけませんよ。」
諭されて、ファラはネヴィアの言う通りに笑ってみせる。
やはりぎこちなかったが、ネヴィアはそんな彼に満足そうな表情を浮かべた。
「そうです。笑うことは心も身体も健康になるのですから♪さあ、今度はあの出店に行きましょう。グズグズしていると、お祭りも終わってしまいますよ♪」
「お、おい!?」
またファラはネヴィアに手を引かれて走り出す。
普段の貞淑とした彼女から想像も出来ない子供のようなはしゃぎように、ファラは戸惑ってはいたが、その握られた手が暖かくて、言い知れぬ安らぎを感じていた。
「いらっしゃ…ぬあ!?これはこれは、騎士団の方と天使様じゃないですか!いやいや、よくお越しくださいました。大したものを置いちゃいませんが、見て行ってくださいな。」
出店の親父は、愛想良く挨拶をした。
ネヴィアが足を止めたのは、雑貨の屋台。
出店の親父の言う通り、それはガラクタばかりで本当に大した品揃えではなかったのだが、その統一性のない品揃えが逆にネヴィアの目を引いたのであった。
もっとも、そのほとんどが子供向けの玩具が多い。
ネヴィアが興味心身で玩具を見ているので、俺も一緒になって手に取って見ることにした。
ふむ………、珍しいな。
これはブリキのアヒルか?
「おお、騎士様。これはお目が高い!それは遥か砂漠を拠点に活動している商人ギルド、砂漠の兄弟社から流れてきたゼンマイで動く、東方の珍しいブリキの鷹ですよ。どうです、お一つ。お安くしておきますよ。」
……………アヒルではなかったのか。
鷹だとしたら、何と造形が悪いことか。
だが、このゼンマイ仕掛けというのは面白いかもしれ
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