奪い取った場所で生きているにすぎない。
誰から奪い取ったか?
誰かから奪い取ったのではない。
私は……、同じ鼓動の悲鳴を聞いたことがないまま生きている。
本来、私の場所にいるはずの誰かを横に押し遣って…、
私は図々しく誰かの場所で仕方なく生きているにすぎないんだ…。
留学先で二十歳の誕生日を迎えたその日、久し振りに母から手紙が届いた。
私本人宛てではなく、留学先の学園長宛てに手紙が届いたので、私は学園長に呼び出されて、学園長室の扉を溜息混じりノックした。
呼び出された理由を聞いた私は、母からどんな内容の手紙が届いたのか薄々理解していた。
どうせ、帰って来いという内容なのだろう。
すでに留学目的であった学園を卒業して数ヶ月。
未だ実家に戻らず、留学先でフラフラしている私を烈火の如く怒っているに違いない。
「どうぞ。」
学園長室のドアの向こうから返事が返ってくる。
また溜息を一つ。
「……アドライグ、入ります。」
ドアを開けると、やわらかな笑顔を浮かべている学園長が私、アドライグを待っていた。
女性みたいな顔だけど男性。
華奢な身体付きだけど、彼の格闘術は誰も太刀打ち出来ず、争いを好まない性格から『眠れる龍』という異名を持つこの人は、私の留学先である学園都市セラエノ統治者、そしてセラエノ学園学園長。
サクラ=サワキ学園長、38歳。
歳の割りには童顔で、20代でも通用…いや、やはり20代ではなく10代でも通用するだろう。
通称、女の敵。
下手な女性より綺麗な顔をしているから性質が悪い。
「アドライグさん、お呼びした理由は……っと。その様子では聞いていますね?」
「ええ……、母から手紙が届いているんでしょう?」
また溜息。
するとサクラ学園長も察してくれたらしく、二、三の慰めの言葉をかけてくれた。
私はリザードマン。
何の因果かサラマンダーと同じ、赤い甲殻を持って生まれてきたリザードマンだ。
母、という人は同族ではない。
何か理由があって、私を引き取り育ててくれた人間。
私が実家に帰りたがらないのは、別段酷いことをされたのではない。
ただ、物心が付いた頃から、私が勝手に母と自分の種族の境界を感じてしまって、あまり母に心を開くことが出来ず、どこか一歩退いてしまって母と接してきたせいか、留学を契機に実家から足が遠くなってしまっているだけである。
留学が終わっても実家に帰らず、学園都市のアパートでフラフラした生活をしている私は、人間としても、リザードマンとしても失格なのだろう。
仕方がなく生きている。
そんな曖昧な感覚。
生きている実感のない幽霊のような日々。
実家に戻れば、それなりの忙しい日々に埋もれていくだろう。
だけど……、それは本当に私でなければならないのか…。
「アドライグさん、あなたのこれからの責務は僕としても承知していますが…、一度実家に戻って、お母様を安心させてあげてください。あなたのお母様とは、結構親しい仲なのですが…、さすがにこれ以上惚けてあげられないくらいに怒っているんですよ。」
「そうですか…。怒っていますか。」
「そんな訳です。一度、実家に戻って話し合うのが良いでしょう。あなたのお母様だって、話のわからない人じゃない。むしろあなたのことを心配しているから怒っているんだと僕は思いますよ。力はあるのに、逃げてばかりのあなたを心配しているんです。」
逃げてばかり、という言葉に胸の奥がズクンと痛む。
「学園での成績は目を見張るものがありました。勉学、魔術学、そして武術すべての科目を主席で卒業したあなたを知っていれば、あの当時の学友たちが今の自堕落に生きるあなたを見たら何と思うでしょうね。」
主席卒業。
確かに私はすべてにおいてトップだった。
でも……、私の力とは数字にすればそんな程度のことなのか…。
「アドライグさん、僕もね。この学園の生徒だった時は、そりゃあ酷いおちこぼれでしてね。妻がいなければ、あの人の背中を追っていかなければ…、僕はきっと家業を継いで、しがない土建屋の倅として生きていたでしょうね。」
サクラ学園長は、懐かしむように目を閉じる。
サクラ学園長の言うあの人とは、彼の奥様であるマイア教頭のお父上。
この学園の初代学園長のことらしい。
「私は……!」
「アドライグさん、あなたの知らなきゃいけないことは、学園では教えてあげることが出来ません。僕にしてもあなたが知りたいことを理解するまでにたくさんの時間を必要としました。何人もの人の命が失われ、そして大事な人を亡くして初めて知ったくらいです。これは教えて理解出来ることではありません。アドライグさん、自分を知りなさい。深く自分と対話しなさい。そしてたくさんの人々の輪に入りなさい。そうすれば自然と答えは見付かるでしょう。」
私が知りたいこと。
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