ヒロ=ハイルがヴァルハリア・旧フウム王国連合軍上級騎兵大将に就任してからというもの、連合軍の弱点である極端な統率力の欠如、補給線の長さとこの地方特有の短く緩やかな冬に備え、物資兵糧の無駄な消費を抑えるため、彼の進言により大規模な戦闘は極力回避され、神聖ルオゥム帝国軍との間に長い睨み合いが続いていた。
度重なる軍議の最中、彼は何度か全軍を設備の整ったカイバル要塞まで後退させ、そこで冬を越し、春を見据えて軍勢を整え再起を計るべきだと提案したのだが、発言力が強化されたものの、依然連合軍上層部はヴァルハリア教会高僧と旧フウム王国大貴族で構成されていたこともあり、傲慢で虚栄心の強い彼らの下、幾度となくヒロの提案する後退は却下され、信仰と正義の名の下に状況的には限りなく厳しい膠着状態をヒロ=ハイルと連合軍兵卒たちは余儀なくされていた。
何度彼が軍議の席で怒りに任せ、連合軍最大の弱点は指揮官としての人材の少なさである、と口に出しそうになったかは想像に難くない。
一方、そんな大貴族や高僧たちに急激に発言権を増したヒロ=ハイルの対抗馬として期待され、連合軍作戦参謀に正式に就任したハインケル=ゼファーは、その権限を最大限に利用し、およそ1000人という小規模な増兵を行った。
当初、3000人もの大規模増兵を訴えた彼であったが、ヒロはこれに真っ向から対立。
しかし、クスコ川侵攻戦においてバフォメットの大魔法(と彼らはこの当時信じていた)で多くの兵が流されてしまい、兵の数は帝国軍とほぼ同数ではあったものの、連合軍は先のヒロが叫びそうになった人材不足に悩まされていたこともあり、せめて兵の数くらいの優位は保たねば危ういという状況のため、武器兵糧、そして現在彼らの膠着状態から考え、ハインケルの唱える数よりも少なくした1000名で折り合いを付けることになった。
もっともハインケル自身は、初めから3000人も兵を増やす気がなかったという。
1000人というのも彼にしてみれば出来すぎたあまりに数であり、数百名でも良かったのだと、彼は晩年にルオゥム戦役を振り返った時に呟いたという。
ハインケルは密かに通じていた砂漠の兄弟社から兵を雇う。
もちろん、兵を雇う金は彼の財布ではなく、連合軍の財布から。
あらかじめハインケルから連絡を受けていた砂漠の兄弟社は、戦場に出ては命令違反と略奪暴行を繰り返し、彼らの信用を著しく崩す処分したくとも処分出来ない鼻摘まみ者としてリストに載る者たちを送り、戦時特別料金として通常の4割増の金額を連合軍に要求。
だが他の反魔物国家からの支援が未だない連合軍は、これを承諾する。
これにより、一時的に取り戻しかけた連合軍内の秩序は、再び混乱することになる。
「ですから、不用意な一騎討ちはおやめいただきたいと何度も…!」
ヒロ=ハイルはこの日の軍議でも大貴族たちを相手に声を荒げた。
それは荒くれ者たちが軍律を乱し始めていたにも関わらず、大貴族たちが彼らの荒々しい武力を当てに大規模な攻勢に打って出ようと声を上げたことに起因する。
そして反撃の狼煙代わりに、貴族らしく一騎討ちで正々堂々と敵軍の将を討ち取り、その首を惨たらしく晒し、士気を盛り上げようと主張する彼らにヒロは真っ向から反対した。
「おやおや、心配将軍。不用意とは心外ですな。我々は勝てる見込みがあるから軍を動かそうと言っているのですぞ。」
心配将軍、とはヒロ=ハイルの仇名である。
彼が上級騎兵大将に昇進して以来、消極的な作戦行動が多いために付いた仇名である。
騎士としては不名誉な仇名ではあったものの、彼はそんなことを気にしていられる状況ではないと理解し、尊大で傲慢な大貴族たちを相手に一歩も退かなかった。
例え、それが彼らに反感を持たれようと兵たちに無駄な死を強要出来ないとヒロは全力で大貴族たちの暴挙とも言える提案に異を唱え続ける。
「ハッキリと申し上げます。私たちはこうして膠着状態を迎えてはいますが、戦力が拮抗しているからではありません。帝国軍とセラエノ軍が攻めて来ないだけであり、我々は圧倒的に不利な状況にあるのです。」
帝国軍とセラエノ軍は、攻めて来ない。
彼らの目的は専守防衛であり、連合軍を攻め滅ぼすことが目的ではないのである。
「心配将軍、間違っていますぞ。あちらは賊軍。教会と神を奉る我々こそ正当にして唯一絶対の正義の御旗。何故、神に弓引く連中を敬称で呼ばなければならないのですかな。奴らが攻めて来ないのは、我々貴族の威光に恐れをなし、教会と神の偉大なるお力にようやく気が付き始めたからだとお気付きになりませんか?」
旧フウム王国大貴族、ダンマルテルは柔らかい口調ではあるものの、明らかにヒロを侮辱していた。
上級騎兵大将という階級を得たヒロではあったが、大貴族たちはどれだけ階級があろうと
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