戦況は一進一退に変わった。
序戦は劇的な勝利を収めた帝国軍とセラエノ軍であったが、ヒロ=ハイルが上級騎兵大将に就任したことにより、これまでただ圧倒的な兵力に任せた布陣とも呼べない大きく広げただけの布陣から、兵法に則った無駄も隙もない布陣へと生まれ変わったことで、両軍共に下手に動けない状況になった。
これはヒロ=ハイル自身が異例の昇進を成したこと、紅龍雅の夜襲を看破し、別働隊によって襲撃されてしまったものの見事にセラエノ軍を退けたことによるものである。
元々の能力の高さに加え、作戦の失敗続きの諸侯よりも、彼を英雄視し始めた兵卒たちからの人気が上がり、それに押し上げられるように彼は軍議での発言権を強化していった。
後世における、彼を聖騎士として教会史に名を残したヴァル=フレイヤに準えて『聖ハイル』と呼ぶようになるのは、この頃からであると歴史研究家は推測している。
彼自身はそれを望んだ訳ではなかったのだが、彼の意思に反し、一々的を得た発言は彼の軍議における地位をさらに押し上げ、大敗を喫して3週間も経った頃には諸侯は誰一人として、ヒロの懸案に反対など出来なくなってしまった。
こうした経緯があり、連合軍内部には末端の兵卒から貴族出身者に至るまでの全軍に、これまでの無法地帯とは打って変わり、神聖ルオゥム帝国侵攻戦が始まって以来、初めて連合軍に軍律が機能し始めた。
戦闘中、ヒロの指揮の下でこれまでの乱雑で暴虐的な行動から、秩序がある組織的な行動に変わったのだが、鉄壁の防御態勢を固めていた帝国軍は、ノエル帝とセラエノ軍総大将、紅龍雅の指揮により、崩れる様子を見せることはなく、戦場は早くも膠着状態を迎えていた。
ヴァルハリア暦806年、文治元年、帝国暦14年12月8日。
まもなく1年が終わろうかとする雪の降る日、その日も両軍は出撃はしたものの、互いに陣形を変え、互いの出方を伺い、互いに牽制するかのように弓矢の応酬があったのだが、結局、睨み合いのまま虚しく時間だけが過ぎていく。
しかし、そんな状況に業を煮やし、血気逸る連合軍将軍が一人、ヒロ=ハイルの制止を振り切り、帝国軍将軍に一騎討ちを挑んだ。
「我こそはフウム王国が将、カウラなり!我と一騎討ちせし勇者は何処か!」
自らの勇猛さを示すようにグレイブを振り回すカウラ将軍の名乗りを、ノエル帝も龍雅もまるで、気の毒すぎて笑えないピエロを見るように、困った笑いを浮かべていた。
「紅将軍、そなたも余と同じようだな。」
「皇帝陛下こそ。本当に困ったことだな。」
ノエル帝も龍雅も、この一騎討ちを受ける謂れはないと考えていた。
だが、こうして膠着状態を一月以上続けていて、さすがに両軍共に将兵の間に鬱憤が溜まっており、何かの反動で暴発しかねない状況を鑑みれば、この一騎討ちを受けざるを得ないという結論に二人は至った。
「………ハッキリ言うと、我が帝国は集団戦を得意とする故に将軍の中にも突出した武力を持つ者がおらぬ。紅将軍、度々そなたたちに甘えるようで悪いのだが、またそなたたちに頼んでもよろしいかな。」
「そいつは構わないんですがね。さて誰を出そうか…。」
龍雅は頭の中で味方の将軍たちの人選をしていた。
ダオラは…、
「我が?断るよ。あの程度の小物、赤子の手を捻るよりも容易い。サクラ程の魂と力があれば喜び勇んで出ても良いが、あれでは討ち取ったところで逆に弱い者いじめで我が名を落としてしまう。」
双子将軍、エルフのリンとレンは…、
「私たちは……、遠慮させていただきます。見ての通り、私たちは弓を得意としますが、剣は人並み程度にしか扱えません。あの方は槍、私たちのどちらかが出ても弓です。勝てる見込みはありますが、それでは卑怯と罵られてしまいますわ。」
「姉さんの言う通りです。それにあんなの討ち取っても困ります…。私たちのキルマークが増えるの結構ですけど、あんな変なの討ち取ったらそれこそ人生の汚点として眠れない夜を過ごさなきゃいけません。それだけは嫌ですね。」
本人たちに声をかけたのではないのだが、龍雅の脳内で彼女たちの確実に言うであろう返事がすぐ様再生され、龍雅は苦笑いと溜息を吐いた。
脳内であるとはいえ、彼女たちにあそこまで言われる敵将カウラに彼は同情を禁じ得なかった。
そしてイチゴは…………、と思い浮かべるだけ無駄だと彼は見送った。
「待て待て待て、総大将殿。ワシを無視するとは良い度胸じゃのう、ワレェ?」
「何だ、いたのか。」
「いたのかはなかろう!ワシのお仕事は何じゃ?そう、軍師様じゃ。ワシの一声で軍勢が動き、ワシの頭脳で敵を丸裸にして、嫌がらせのようにねちっこく敵軍を凌辱するのがワシのお仕事じゃ。あんだすたん、我が上司。」
「………あんたの仕事は理解している。そこまで言うのだったらあんたが出るかい?」
するとイ
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