「夜襲……、だと!?」
昼間の敗退を受けて、ヴァルハリアと旧フウム王国残党の首脳陣は諸将を招集し、如何にして軍中に蔓延しつつある帝国への恐れを取り除き、後退した戦局を覆すかという軍議を設けていたのだが、そこにヴァルハリア教会騎士団ヒロ=ハイルは、帝国軍とセラエノ軍が昼間の大勝に乗じて夜襲を決行してくるかもしれないと提言した。
「…馬鹿な。若輩者のそなたの心配はまさしく杞憂だ。第一、夜襲など蛮族の行為。伝統と秩序を重んじれば、夜襲の如き蛮行は卑怯者と罵られて然るべき行為だ。」
旧フウム王国側の将軍、エリオット=リッターはフィリップ王に代わりヒロ=ハイルの言葉に、夜襲などありえないと反論した。
その言葉にいずれの将軍も頷いた。
もちろんフィリップ王もヴァルハリア教会の高僧や大司教もである。
いつもであれば、ヒロもこの時点で退いていたのだが、昼間の敗戦において彼は、味方がいくら数の上で圧倒的に有利であったとしても帝国軍をあまりに舐めていたことに我慢が出来なかった。
「伝統…、確かにそうです。我々はその伝統と信仰と共に今日まで生きてきました。しかし、思い返してください。帝国は、その伝統を捨てたのです!どんな大軍とも正々堂々正面から戦うべきだと考えてきた伝統を、昼間の決戦で捨てたではありませんか!勝ち戦と思っていた戦いで、一瞬の内に約半数の兵を失った。すでにヴァルハリア領民の間には、次の瞬間にはどんな大魔法で被害を受けるのかという不安が広がっています。敵陣にバフォメットがいる限り、いつまた大魔法で攻撃されるともわからないというのも事実ですが、今は堅固な陣を敷かれてしまい帝国の守護神を名乗る魔物を討つのは実質不可能。それならば、せめて不意の攻撃に備えることで兵卒たちの動揺を抑えたいと存じます。」
ヒロの言葉は的確だった。
まずは兵士の動揺を治め、それから大打撃を受けてしまった味方の再編成を行い、然るべき時に帝国へ反撃に打って出るべきだと主張する。
軍議の末席に座るハインケルは内心、穏やかではなかった。
すでにクロコを通じて、セラエノ軍が夜襲を行うという情報を得ており、彼はその夜襲を成功させるべく、その危険性を一切指摘しないようにしていたのだが、まさか何も情報源も持たない一介の騎士団長によって看破されていようとは夢にも思っていなかった。
ハインケルの調査におけるヒロ=ハイルの評価は低かった。
それなりの人望は持っていたものの発言権は限りなく低く、穏やかな人物ではあるものの礼節を重んじる典型的な騎士道精神に忠実であり、またどちらかと言えば寡黙な人であったためか、ハインケルにとってはあまり害のない人物であるという認識であった。
ハインケルはヒロの認識を改める。
その認識は必要とあらば、彼に対し暗殺も辞さないという程、危険認識レベルを引き上げたのだった。
「………フィリップ王よ、認めようではないか。」
「大司教猊下!?」
大司教ユリアスがその重い口を開いた。
大司教は認めたのだ。
帝国やセラエノ軍の強さを。
そして改めて彼らが神の国成就の最大の障壁であると。
「私たちはあまりに驕っていたように思える。圧倒的な兵力差に安心しきり、細心の注意を怠り、それ故に私たちは神により罰を受けたのだと思えるのだ。神の国成就を成さんとすれば、より慎重にならねばならない。」
大司教ユリアスの発言にフィリップ王は畏まって従った。
実はフィリップ王自身、今のこの不利な状況を恐れていた。
それは兵の数も大きく減り、昼間の敗戦がこの先ずっと影響し、教会との理想が成就出来なくなるのではないかという不安からではなく、もしもこの敗戦の責任を取らされて連合軍総司令官の任を解かれ、ヴァルハリア教会から破門を言い渡されるのではないかという不安から来る恐れであった。
教会からの破門は、即フィリップ王の破滅を意味していた。
国を失い、兵を失い続け、本国においては廃位され正式な王ではない彼が未だ王と同じ待遇を受けていられるのも、ヴァルハリア教会が本国ジャン1世の即位を認めず、まだフィリップこそがフウム王国の王として教会の庇護の下で認定されているからであった。
しかし、大司教ユリアスの言葉でフィリップ王は救われた。
この度の敗戦の責任は、自らの驕りであると宣言したことにより、フィリップ王は大敗の責を負わずに済んだのである。
最高権力者が責任を認めたことで、誰も責任の擦り付け合いを出来なくなった。
故意か偶然か、諸将分裂の危機を大司教は救ったのである。
「勇者ハインケル、この危機を脱する良い策はないものか。」
大司教ユリアスはハインケルに助言を求めた。
連合軍をうまく誘導するのが彼の役目である。
そのためにいくつか策を用意していたのであるが、ヒロ=ハイルのこの軍議における急激な台頭によって、その
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録