クスコ川の様子、そしてハインケル=ゼファーについて報告しようと、リトル=アロンダイトが養父である騎士団団長ファラ=アロンダイトの幕舎に入ると、まだ夜も明けないうちであったにも関わらず彼は目覚めていた。
簡素な椅子に腰掛け、ファラは目を閉じ微笑んでいる。
「あ…、お邪魔でしたか。」
「…………そうでも、ない。」
ファラは雨に濡れたリトルに大きなタオルを投げる。
これで身体を拭けと、やさしい目が言っていた。
一言礼を言って、リトルはガシガシと髪を拭き、鎧を拭く。
「………夢を…、見た…。」
タオルに身体が隠れてしまったリトルに、ファラは語りかけた。
「珍しいですね。義父上がそんなに嬉しそうな顔をするなんて。」
「……ネヴィアの、……夢、だ。」
「…!?」
彼が見たという夢にリトルは身体を拭く手が完全に止まる。
自分の憧れ。
子供心の幼い初恋。
そして行方不明の今でも心の母だと思っている人。
「…………あの頃の、俺の……、罪だ…。」
ファラの心にはいつもネヴィアへの罪悪感があった。
彼女に何かをした訳ではない。
だが、彼はいつも感じていた。
自分が彼女を愛さなければ、きっと今でも彼女は燦然と輝く天使のままだった。
快楽からではないにしろ、神の教えを裏切り、ファラという一人の人間を愛してしまったが故に堕天してしまったネヴィアを、裏切り者を討てと迫り来る教会の命を受けたフウム王国所属の騎士たちから守れなかったことを、十数年経った今でも悔いていた。
その頃の記憶が、夢という形で彼をしばしば責めていた。
「……リトル。」
「はい…。」
「…ネヴィアが、………恋しいか?」
それはリトルにとって、義理の母になってくれたかもしれない人として。
それはヴァルハリアに味方する立場の彼にとって、今でも心に焼き付いた人であり、王や大司教に睨まれても尚、魔物を斬れない彼のやさしいトラウマ。
そんな両方の意味での問いかけであった。
「…はい、今でも…、あの人は僕の憧れですから。」
「………俺も、だ。」
そう言ってファラは椅子から腰を上げ、リトルの横をすり抜けると幕舎の入り口の幕を開いて、雨の降り止まぬ空を見上げた。
いつだってこんな空模様だ、と彼は自分の心を例える。
届かない思い、こんな時代に彼女が守ろうとした若い世代を巻き込んだことを、彼はいつも声を殺して、心を殺して、ただ心の内で涙し続ける。
王国の騎士に襲撃を受け、幼かったリトルは人質になり、ネヴィアの身の安全を図るために彼は自ら投降し、暗い幽閉生活を孤独の中で選んだ。
ネヴィアは彼女の存在を感じ取った堕天使たちの手で危機を逃れ、彼女たちと共にパンデモニウムへと旅立っていった。
それ以来、ファラはネヴィアの消息を知らない。
彼はいつもそんな辛い過去を夢で見せ付けられ、自らの無力さを突き付けられる。
だが、いつもと変わらない夢だったにも関わらず、その日、ファラの目覚め心地は違っていた。
「………気分が、…良い。」
まるでこれまでの悪夢から解き放たれたような心地。
それはまもなく始まる戦乱に心が躍るのか。
それとも何か別の良い予感を感じているのか。
贖罪の日々の終焉は近い。
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「余が皇帝、ノエル=ルオゥムである。誰もが見放した我が帝国に援軍を送っていただいたこと、全臣民に代わって礼を言う。だが、最上の礼を以って、そちたちの想いに報いたいのだが、陣中であり、余もご覧の有様故にこのような格好で失礼をする。」
「いえ、お構いなく。それに我らはただラピス殿の熱意に打たれただけ。そして我らが王に戦えと命じられたからこそ、参上したのです。ですから、その感謝は我らではなく、ラピス殿へとお向けいただきたい。」
学園都市セラエノを発って4日後、雨が降りしきる中、龍雅たち先発隊は帝国軍の本陣に合流し、龍雅は4日間休みなく走り続けた先発隊の面々の慰労をアルフォンスやサイガに任せると、一人、ノエル帝との謁見を果たしていた。
セラエノ軍先発隊が僅か4日で辿り着けたのは、龍雅がこの先発隊をすべて熟練した騎兵で構成したこと、そして大陸の鎧のように重い鋼の鎧ではなく、全員が東洋系の比較的軽量の鎧を身に纏っていたことで、実現出来たのである。
そして、ノエル帝はこのような格好で、と言ったのは、未だ腹の刀傷が癒えておらず、彼女は正装はしたものの、侍従のキリエの押す車椅子に乗って龍雅の前に現れたからである。
「まさか余の同盟国ではなく、余と敵対する立場、それもヴァルハリアの定めた神敵が余に援軍を送ってくれるとはな…。いや、余も考えを改めねばなるまい。魔物に対する認識を…、な…。」
ノエル帝は脇腹を押さえ、顔を歪める。
「…陣中では治療も満足に出来ないでしょう。僅かばかりではありますが、我が軍に
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