「やりすぎだ、ロウガ。」
「だが…、あいつはお前のこともマイアのことも、たかが魔物如きと言ったんだ。」
朝の食卓風景。
私の代わりにオルファン氏と戦い、瀕死の重傷を与えた父は母に正座させられていた。
「気持ちは嬉しいが、一歩間違えば軍隊だって動きかねない状況だったぞ。」
オルファン氏は父に顎と頸椎と背骨を砕かれ、さらに肋骨が粉砕骨折、内臓には砕けた骨が突き刺さり、生きているのが不思議な状態で町で一番大きい病院に担ぎ込まれた。外科処置、治癒魔法、どれを取っても大都市病院に引けを取らないが、間違いなく彼は二度と騎士として復帰できないだろう。
「……すまん、ついカッとなって。」
「…気を付けてくれ。私はお前まで失ったら、生きていけない。」
母は悲しそうな顔をした。
誰か大事な人を失ったことがあるのだろうか…。
「気を付ける…。」
「ああ、そうしてくれ。あ、その…、や、約束して、くれる、よな?」
「わかった。」
そう言うと父は母の顎に指をかけ、ゆっくりと顔を近付け…って。
「ウオッホン!父上、母上!私のことを忘れてない!?」
「え、あ、ああ!すまん、マイア。」
「…そこは黙って席を外すのが親孝行というものだぞ、娘よ。」
「親孝行でなくて結構だから!私はこれから学校があるんだよ!父上も母上も仕事でしょう!!さっさと朝ご飯食べないと遅れるよ!!!アヌビス教頭先生に怒られてもいいの!?」
アヌビス教頭先生とは父が創立した学校の真面目な人。もっとも学校の先生たちは父も含めて基本的に不真面目だから、いつも頭を悩ませている。真面目な先生を挙げると母を含めても5人くらいしかいないのが酷い現実。
「そ、そうだな。ではすぐに用意するから。」
いそいそと赤い顔をして母は席を立つ。
父はジト目で私を見る。
「…娘よ、俺に何か恨みでもあるのか?」
恨みの数なら星の数ある。
私の日記を読んだ。私の大好物を取った。修練中に何度もやられた。子供の頃にお小遣いを貯金してやると言って使い込んだ。子供相手に本気で賭け事しておやつを巻き上げられた。毎朝毎昼毎晩、夫婦でいちゃつくこと。母の料理をけなすとアイアンクローをしてくること。
「……フッ。」
「そうか、何を考えたかわからんが、今夜の修練は覚悟しておけ。」
「それよりも父上は学園長なら学園長らしく自覚を持つべきだよ。いつもいつも浮浪者みたいにボロボロのハカマで裸足で……。もっとパリッとしたスーツとか清潔感を持った服装をするべきじゃないの!?」
父はまたか、という顔をする。
伸ばし放題の白髪、伸び放題の顎鬚、裾がボロボロのハカマに黒のタンクトップ。これに外に出る時はハオリを着るのが父のスタイル。
「大陸の服は。」
「肩が凝る、でしょ?でもいい加減に大陸の服装にも慣れなきゃ。」
「あー、また今度な。」
「それに家もそうだよ。何で学校の裏に小屋を作って住んでる訳?別にケチらなくてもいいじゃん!」
「マイア、それはね。ロウガはマイアのためを思って、引っ越したんだよ。」
母が朝食を持って今にやってきた。
今日の朝はパンとチキンスープらしい。
「初めはね、私たちはルゥの娼館に部屋を借りて住んでいたんだが、あそこはどうしても教育上宜しくなくてね。それで学校の警備のついでってことでここに住むようになったんだ。別に不自由はないだろ?」
「不自由は…、ないけど…、友達呼んだりするにはちょっと恥ずかしいよ。」
私はパンを手に取って、玄関に走る。
「先に…、出るよ。チキンスープは帰ってから食べるから。」
何となく両親に顔と顔を合わせ辛くなって私は家を出て教室に向かった。
「…ロウガ。」
「わかっているよ、アスティア。マイアには立派なリザードマンに成長してほしいと、不必要な贅沢はさせないようにしてきたが…。やはり年頃の娘なんだな。自分の子供が…、悲しむのは堪えるなぁ。」
ロウガはこめかみを親指で押さえる。
「また頭が痛いのかい?」
「ん?ああ、少しだけ、な。歳には勝てん。」
ロウガには苦労をさせてきた。
あの日、ロウガと戦い、死んだことになっている私のために仕官を断り、表立って戦えなくなってしまった私のために右腕を使わない戦い方を模索させてしまったり、二度と私のような子供を作らないために学校運営という慣れないことまでさせてしまっている。
その上、毎朝のマイアの修練も彼がしてくれている。
娘に直接言うことはないが、あの子の腕前はメキメキと上がっているというのに、彼はその身体に鞭打って、その役を買って出てくれる。だからこそ、夜は私が娘の剣を教えている訳であるが…。
「アヌビスに、今日は休むと伝えておこうか?」
「いや…、気にするな。アヌビス教頭は俺の事情も知っているが…、それに甘えてしまう訳にはいかんからな。」
アヌビスは私の事情を知る数少ない
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