「エレナ伯母さん……。私、負けちゃったよ。伯母さんの名前のまま、この世界に復讐するつもりで戦っていたけど、駄目だった。生涯負けなしだったのに伯母さんの名前に泥、塗っちゃったね…。」
返事はない。
ただ冷たい風だけが私の頬を撫でる。
傷の癒えた私は自分の負けたことを報告するために、失ったかつての故郷に帰ってきた。
大好きだったエレナ伯母さん。
やさしかった伯父さん。
一つ年上だったお姉さん。
村の……、みんな…。
「…でもね、私は負けたことを後悔していない。きっと負けたらすごく悔しいと思っていたのに、私は悔しくなかったんだ。私、死ぬつもりだったよ…、このまま。だけど死んじゃ駄目だって…、伯母さんも言っているんだろうね。あの人も…、私に勝った人もそう言ってるよ。剣じゃなくて、その拳で命がけで教えられちゃった…。」
だからごめん。
私はもう…、みんなのために剣を振れない。
あいつにやられて、もう復讐のために剣を振るえなくなってしまった。
ごめんね……、伯母さん…!
コトッ
顔を伏せて泣いていると、伯母さんの眠るお墓の上にマグカップが置かれた。
「……大丈夫、みんなわかってくれるさ。きっと……、うまい酒でも飲めば、お前の新しい道をみんな見守ってくれるよ。」
マグカップの中には並々注いだ私のウィスキー。
ロウガが死者のために花の代わりに酒を手向けていた。
「だからさ…、エレナ。泣かないでくれ…。」
彼の右目はもう視えない。
彼の右腕はあの日の決闘で二度と動かない。
ロウガは残った左の手の平で私の頭をやさしく撫でる。
「…ごめん。」
今日、この日に廃墟と化した故郷を訪ねたのは、ここで涙を流すためじゃない。
私は…、いや私たちは決別する。
憎しみに彩られた昨日を捨てて、
誰かのために、ここにはいない誰かが涙を流さない明日を作るために。
「ロウガ……、頼む。」
わかった、そう言ってロウガは伯母さんの横に建てられた墓に、左の手の平を添える。
誰も眠っていない石の下。
13歳の私が遺髪のつもりで名前と魂を葬った墓。
「良いのか…?」
「ああ、伯母さんに…、報告も終わった。それにそろそろ伯母さんに返さなければいけないだろう。生きながらにして死んでいた者に…、伯母さんの…、剣客エレナの名を名乗る資格などありはしない。私は…、私の名前を取り戻す。いつかロウガ、あなたと伯母さんの下へ旅立った時に胸を張って彼女に会いたいから…。」
「…そうだな。年齢的には俺の方が先になりそうだが、その時は…、一緒だ。お前がこれまでの罪で地獄に行くのなら俺も地獄に落ちよう。いつだって一緒だ。今度こそ、お前を幸せにする。」
短い気合の声と共に、手の平を当てただけの墓が砕け散る。
私の憎しみと闘志を根こそぎ圧し折ったその技で、ロウガは私の墓を砕いた。
「さようなら、伯母さん。長らくお借りしていましたこの名前、生きて返せるとは思っていませんでしたが、お返し致します。伯母さんの名前を血で穢してしまった罪は、この命ある限り……、私の愛する人と共に償います。ですから………、いつかそちらに行った時は叱ってください。そしてまたその暖かな手で抱き締めてください。エレナ伯母さんの愛してくれた……、アスティアは二人で明日へと向かいます。」
ロウガが用意してくれた荷馬車に乗って故郷を後にする。
二度と戻らない懐かしい日々に思いを馳せ、死者を偲ぶ。
堪らなくなって、私はロウガの腕に縋り、彼の腕の中で涙を流した。
彼は何も言わない。
ただ抱き締めて、初めて会った時のように背中を撫でてくれる。
『し・あ・わ・せ・に・お・な・り』
その声に思わず顔を上げた。
ロウガには聞こえていなかった声は、私の耳にハッキリと届いた。
懐かしい匂いと暖かな日々の残響。
もう、その姿は見えないけれど。
もう、その声は届かないけれど、
きっと、どこかで見守ってくれている。
ありがとう……、エレナ伯母さん。
いつか永遠の眠りに就くその日まで、
さようなら。
―――――――――――――――――――――――
俺と彼女が一緒に暮らし出して3年が経った。
相変わらず娼館の一室に、二人で居座ってそれなりの暖かい日々が流れている。
今もアスティアと修行三昧の日々。
同じ部屋に暮らして、時々お互いの温もりを確かめるように抱き合って眠ることはあっても、未だ性的な関係に踏み込めない俺がいる。
このままじゃ駄目だ。
そろそろ…、俺もアスティアの思いに答えなきゃいけないだろうと思っているのだが、どうも何十年生きてもそっちの方面が苦手なのは治らないらしい。
「ロウガ、晩御飯だぞ。」
「……ん、もうそんな時間か。」
変わったことと言えば……、宿代に困らなくなったことか…。
エレナ討伐の報奨金とは俺が想像した以上に莫大で、町の銀行の貸し金
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