第七十三話・凌辱の雨@

ヴァルハリア教会領と旧フウム王国の連合軍が神聖ルオゥム帝国に攻め入ったことで帝国内に激しい動揺が襲った。
特に首都コクトゥにそびえる皇帝の居城、ヒンジュルディン城、玉座の間にまだ日も昇らぬうちに帝国各地から集まった諸侯たちの動揺は大きかった。
「まさかヴァルハリアが我が国に攻め込むとは…。」
「我らが何をしたというのか!」
「先の戦で援軍を送らなかったせいかもしれませぬ…。」
「だが先の戦に参戦しなかったのは…、如何に我らが神の使徒であり相手が魔物や悪魔たちであろうと、大義のない戦に赴き、誇りにもならぬ功を得るのは我らの祖先の名に泥を塗るようなもの…!」
「さようでございますが……、あの御方たちにご理解してはもらえますまい。」
彼らは大臣や宰相という身分であったが、それぞれが皆、騎士の誇りを持っていた。
クゥジュロ草原での戦や、フウム王国やヴァルハリアの発した檄文に呼応しなかったのも、彼らは信仰よりも、大義名分のない戦に参加し、後世、自らの名を穢すことを恐れたからであった。
ヴァルハリア建国の影にその武を示し、また周辺の弱小国家を吸収し国土を広げ、厳しい軍律とヴァルハリア教会の戒律によって自らを戒める騎士であることこそ、建国から数百年経った今でも彼らの誇りであった。
しかし、その誇りも教会と旧王国連合軍によって踏み躙られた。
守るべき民は、その進軍によって無差別に虐殺され、陵辱され、信仰深き人々は同じ信仰を胸に抱く者たちによって滅ぼされた。
幸か不幸か、連合軍は無秩序に虐殺を繰り返す兵卒を統率することなく、その勝利に酔っていたために、その攻撃力は凄まじいものがあったものの進軍速度は非常に遅かった。
「陛下は……、如何するのであろうか…。」
凄惨な報告を聞いた彼らの心に暗く重いものが圧し掛かる。
彼らはその誇りにかけて戦おうと考える一方で、降伏も考えていた。
騎士の誇りはあるものの、すでにその精神は建国数百年の間に軟化していた。
数が違いすぎる。
急いで集めても、その数は4000も集まれば良いくらいであろう。
傭兵を雇うにしても、すでに連合軍は領内深く侵攻しているため、どれ程の数が集まるかも予想が付かなかった。
何より昨日まで、いや、今でも心から絶対的な最高権力者である大司教に弓を引くなど恐れ多いとさえ考え、何よりも今の身分も捨て難いという思いが、頭の片隅に存在し、徹底抗戦の声を上げられずにいた。
その時、玉座の間の扉が開いた。
それを合図に彼らは姿勢を正し、頭を下げた。
侍従を引き連れ、女が玉座へと向かう。
キビキビとした足取りに、長い金色の髪がなびく。
彼女の名はノエル=ルオゥム、29歳。
神聖ルオゥム帝国第22代皇帝にして、帝国にとっては7人目の女帝である。
先帝ヴァイス6世に男子が生まれなかったことに起因した世襲だったのだが、もし男子が生まれていたとしても、皇帝の玉座には彼女が座っていたのではないかと言われ、帝国内で賢者と名高い者も舌を巻くくらいに聡明な頭脳と、生まれながらに誰もがかしずく威厳と美貌を持つ女性であった。
そんな彼女が軍服を着て現れた。
それを見て諸侯たちは驚いた。
「へ、陛下!そのお姿は…、まさか!!」
その軍服は彼女の祖父、ヴァイス5世が国難に当たる際に身に付けていたという皇族のみが着用を許される純白の軍服であった。
その白は自らの潔白な魂を現し、正義を示していた。
その軍服を着用し、諸侯の前に現れたということは、彼女は自らの正義を示したということであり、つまりは如何に教主国とはいえ、彼女の領土を蹂躙するヴァルハリア、ひいては旧フウム王国残党は悪であるという意思表示であった。
「余の思いは一つ……、開戦だ!!」
大臣の一人がノエル帝に聞き返す。
「陛下、防衛の間違いではありませんか。」
「間違っておらぬ。これは防衛ではない。教主国が宣戦布告せず我らを誅するつもりであるのなら、我らは近隣各国に示すのだ。我らは教主、ユリアス大司教及びフウム王国前王フィリップに対し宣戦布告をしてやれ!教主だからと思い上がった礼儀知らずのあの者たちに手痛い一撃を叩き込むぞ!」
「しかし、他のヴァルハリアを教主と仰ぐ国が黙っていますでしょうか…。もしヴァルハリアを支援する国家が現れましたら、その時我らは完全なる孤立をしてしまいますぞ。」
ノエル帝が一睨みすると、彼らは彼女に恐れをなし口を閉ざした。
「他の支援はない。何故なら口というものは馬よりも雷よりも早く広まるのだ。やつらが我が国で犯した罪は瞬く間に近隣国家へと伝わっておる。それも正確な内容ではなく、より大々的にな。お前たちが恐れおののくように、近隣諸国も最早ヴァルハリアと足並みを揃えることはありえぬ。思い出せ、認識せよ!やつらがこれまで何をやって来たか!我が国だけではなく、
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