「はっ!」
居合い抜きで太刀を滑らせる。
相手は当然のように見切ってかわし、何の息も発することなくさらに踏み込んで私の顔を目掛けて左の拳を突き出す。それを上体を反らしてやり過ごし、反撃に移ろうとした時、左の拳が伸び切ることなく私の目の前から姿を消す。
フェイントだ。
尻尾を使って大地を蹴り、後方へ緊急回避を図る。
間合いを取り、構え直す。
すでに相手は左の掌を私の腹に当てる動作に入っていた。
「…今の入ってたかな?」
「ああ、直撃だな。」
そう言って相手は何もない空間に左の掌底を放つ。
とても素手とは思えない素振りの音と押し出された衝撃と空気が間合いを開けた私に届く。
「それで、手加減して打ってるんだろ、父上。」
「当たり前だ。大事な娘に…、本気で打てる訳がなかろう。」
父、ロウガはにやりと笑って構えを解く。
それを見て、私も太刀を鞘に収める。
これで朝の修練は終わりだ。
「父上、本当に50歳か?」
「たぶんな。数えてないから確かなことはわからんが、たぶんそれくらいだ。」
私の名前はマイア。
豪傑と名高い父、ロウガと誇り高きリザードマンの母、アスティアの間に生まれたリザードマンだ。父と母の年の差は推定で13歳。何故推定なのかというと父の言う通り、父はジパングを出た時の年齢は覚えているものの、何年も大陸中を彷徨っていた挙句、日付の感覚までなくしかけてらしいので正確な年齢は今もわかっていない。母は37歳のリザードマンだが、私と並んでも時々姉妹に間違われる。17歳の私としてはかなり複雑な心境だ。
「だが…、まだまだだな。馬鹿正直に真っ直ぐに来すぎだ。気合が入るのはいいが、それでは二手先、三手先まで教えるようなものだ。」
「う…、それは…、昨日母上にも言われた…。」
私は朝と夜に父と母から交互に剣の手ほどきを受けている。父からはジパングの『太刀』という剣を、母からは大剣を教わっている。もっとも父は若い頃の怪我が元で右腕が戦闘に耐えられないということで、左腕と足技だけで私の相手をしてくれる。
「では、帰ろう。アスティアが朝飯作って待っていてくれてる。」
「……正直、私は父上の作ったご飯の方がいいなぁ。」
「文句を言うな。あれはあれでうまいぞ。」
「あれを食べ物と言えるのは、父上だけだ!」
万年新婚夫婦め、と吐き捨てると父は笑顔で顔を掴む。
単純にして最悪な破壊力を持つ、父のアイアンクロー。
「いだだだだだだだだ!!!!やめて、痛いよ、父上ぇぇぇぇ!!!!」
「ん〜〜〜〜、少々反抗期のようだな。父はお前が順調に育って嬉しいぞ。」
「育って嬉しいなら、この手を離してぇぇぇぇぇ!!!!」
「なぁにぃ〜〜?聞こえんなぁ〜〜〜?」
「みぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「失礼。ロウガ殿でございますかな?」
父が手を離す。頭が指の形に凹んでないかを思わず確かめた。
「何だ、こんな朝っぱらから。」
「私はオルファンと申す者。貴公のご息女に用が…。」
「娘の求婚、か。」
「さ、左様で。」
これで何人目かの求婚者。もっとも私のことが好きになって決闘を申し込むのではなく、父が断り続けている武官の誘いと、両親の武力を自分たちに引き込もうという打算込みの求婚。オルファンはまだ誰も目を覚まさない早朝だというのに、プレートメイル、巨大なカイトシールド、騎士らしい豪奢な剣を携えた完全武装で私たちの前に現れた。
鎧のガシャガシャという音が朝からうるさい。
「チェンジ。」
「は?」
「だから、チェンジだ。お前みたいな弱いヤツに娘はやれん。」
「何と!私はこれでも栄光あるフウム王国の騎士オルぶびゃあ!!」
父の上段回し蹴りがオルファンの顔面にクリーンヒット。
あ、あれは顎が砕けたな。
「知らん。それと人の間合いに入っておいて、いつまでも喋るな。」
「ぎ…びぎょほな…(訳・ひ…卑怯な)。」
「やかましい。てめえら、毎度毎度のことしつけーっつったらありゃしねぇ!良いか、その薄汚い耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!俺の大事な娘と大事な連れ合いを利用しようたぁ、お釈迦さまが認めようとこの俺が許さねぇ!二度とうちの敷居を跨ぐことならんぞ!!!」
父が怒りながら喋る時、その言葉はジパングの言い回しが強すぎて、娘の私ですら意味がわからないことある。この時ばかりは完全にキレたようで、父の母国語で話しているから、彼には通じていないようだ。
「だ、だぎぼいっでいずのが…(訳・な、何を言っているのか…)?」
「えっと、父上は『良いか、あなたのその薄汚い節穴の耳の穴を澄ましてよく聞け。自分の大事な娘と妻の力を自分たちの勢力に取り込むのなら、神が許しても父上は許さない。二度と来るな、チンカス野郎。』と言っているような気がする。」
たぶんこれで訳せたような気がする。
「ぞんだ、だががばぼどぎぞご
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