第六十八話・嵐の中で輝いて

「……で、俺の耳に入れておきたいことがあるそうだな。ガルド。」
「ああ、ちょっとヤバめの情報なんだが、その前に。」
「わかっている。情報料は別料金、だろ。」
町長室でロウガとヘンリー=ガルドが来客用のテーブルを境に対じして座っている。
ヘンリーは本来の名もなき町への物資搬入のために学園に寄ったのだが、その道中で彼の商人仲間から聞いた噂話をロウガに持ってきたのである。
もちろんただの噂なら彼もわざわざ情報料を取ったりはしないで、普通の世間話に混ぜて「こんな話があった。」という風に話すのであるが、今回ロウガに持ってきた話というのは、噂にしても危険すぎ、尚且つ自分で調べてみた結果でも信憑性の高いために、商売も兼ねてロウガに話を持ってきたのである。
無論、情報料はちょっと高め。
「毎度あり。あんたは支払いケチったりしないからほんとに俺ら商人にはありがたいよ。で、情報ってのはこの町に刺客が入り込んだって話なんだ。」
「刺客なんか珍しくもないな。事実、今サクラや娘に刺客、間者の燻り出しをやらせているところだし。」
ロウガがそう言うとヘンリーは溜息を吐いて頭を抱える。
「それはあんたが悪い。戦争が始まりそうで、しかも町の政権を取って事実上あんたがこの町の支配者になったというのに、関所も作らず、防御壁や砦を作っても人の行き来はノーチェックで、自由に任せたままなんだから、間者や刺客も入り放題。燻り出す人間の身にもなってみろ。」
「だがな、ガルド。人は他者を警戒すれば警戒する程にその行動が萎んでしまって、結果的に安全は守られていても、人の社会が停滞、萎縮する。お前が扱う商品だってそうだ。雁字搦めの規則の中では扱う商品も減り、いつしかその規則の範疇を超えない商品だけが世に溢れる。一定の儲けは出るだろうが、世界は絶えず動いているのだろう?時代に取り残された者が、次の時代に生き残れる保障はない。俺に出来るせめてものことは、こんな辺境の町でも広い世界を感じられるように、時代の流れというものを感じられるように城門を作らず、関所も作らず、様々な種族が自由に行き交う町を作り、いつか大陸中を飛び回る人材が、その中から生まれてくれることを祈るくらいだよ。」
ロウガの言葉にヘンリーは驚いた。
自分たち商人とすれば、こんなありがたい話はない。
何故ならロウガは町での商品にかける税金を只同然にして、サクラがかつて手に取ったような呪われた物、素人が手に出すには危険すぎる魔術具の類など余程の危険物でない限りは規制を行わないのだが、他所の国や町で彼らが商売をしようとすると民族的に受け入れられないという理由や、例えば鮮やかな絹の反物のように危険な物ではなくとも宗教的な理由で販売を禁じられているというような規制に度々彼も出くわすのである。
そのたびにその規制に引っ掛からないような商品を探すのであるが、確かにロウガの言う通り一定の儲けは出ても、それはある意味で停滞した儲けなのである。
この名もなき町程、自由で、人々が戦争前にも関わらず活発に、それも人間や様々な種族の魔物たちが往来を無遠慮に歩く場所はそうそう見当たらない。
「…………あんた、少し変わったか?」
ヘンリーは思ったことをそのまま口にした。
以前のロウガはある程度、そんな考えはあってもここまで世界を意識することはなかった。
そんな違和感が彼にそんなことを口走らせた。
「変わっちゃいないさ。俺は俺、沢木狼牙だ。いや、ちょっとだけ…、捨てたはずの若い頃を取り戻して、ちょっとだけこの世界に触れただけ。何も変わっていない。さて…、ガルド。お前も忙しい身なんだろう?俺のような年寄りの考えを耳澄まして聞くより、お前の持ってくる楽しい情報とやらを教えてくれないか。」
「あ……、ああ。実はな、ヤバめの情報っていうのはな…………。」
ヘンリーはロウガを狙う刺客の話をした。
その男は非常に執拗にターゲットを狙う殺し屋。
そしていくつもの顔を持ち、ある時は商人に、ある時は占い師に成りすまし、巧みな変装で顔を変え、いくつもの別の顔を持つ対外的には教会非公認の暗殺者。
本来の性別は男性なのだが、その暗殺対象を狙うためには時に美女に、時に醜女に化けて、ターゲットに近付くのである。
その能力が魔力ではなく、純粋にその男の圧倒的な技術力に支えられているのが、彼に払うべき最大の敬意であろう。
もっとも暗殺とは誰がやったかをわかってはいけないのだが、彼の最大の悪い癖のせいで、彼の仕事は誰が見ても彼の仕事だとわかってしまう。
もっともそれでほぼ9割の成功率を保っているのが、男の腕を証明している。
「名はアルスタイト。もっとも本名かどうかまではわからない。調べれば調べる程、無数の名前が出て来て調べる俺の頭の方がどうにかなりそうだった。でもそいつが一番多く使ってい
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