第六十六話・心の在り処

教会に宛がわれた自室に入ると、ハインケルは大きく息を吐いた。
「あー………、しんどい…。」
誰に言うでもなく彼は独り言を呟いた。
円卓会議は実に彼の思惑通りに事が運んで、彼としては満足のいく結果だった。
後はこの策の仕上げをしなければ、と考えていると、
「………………(じー)。」
壁に同化してしまいそうな程存在感のない少女がハインケルを見ていた。
「…何だ、クロコ。いつの間に戻って来ていたんだ?」
「………………………2時間前。」
円卓会議の始まった頃である。
彼女の名はクロコ、13歳。
ハインケルの部下で彼の護衛として付き従う者。
そして今回、魔王によって制約をかけられたハインケルに代わって、他国の偵察、潜入工作など数々をこなし、今やっとハインケルの元へ帰還したのである。
「…………………お部屋、出る時……、いってらっしゃい、って…言ったのに……。」
どうやら彼が円卓会議に出席しようと部屋を出る時には戻っていたらしい。
彼女のか細い声と、スローテンポな話し方、それと今にも泣きそうな顔にハインケルはバツが悪そうに、彼女から顔を背けて悪態を吐いた。
「ば、馬鹿。お前、大方潜入用に発動させた魔法を解除し忘れてただけだろ。お前の能力は俺でも感知出来ない時があるから気を付けろっていつもいつも口が酸っぱくなる程言っていただろう。まったく、これだからお前は……。」
彼女の能力はまさに潜入に特化した能力であった。
他人に自分の存在を感知させない。
感知させる対象を自分の意思で決められるという、まるで消えない透明人間であった。
ただし、その能力は彼女の感覚次第だったので、時に消えてるつもりが消えていないという間抜けなコントみたいな逸話もあるため、必ずしも完璧な能力とは言い難かったようである。
それも彼女があまりに若すぎるため、とも言えるであろう。
「…………いってらっしゃいって言った……。」
しかし、そんな能力を持っているとは言え、彼女はまだ子供。
今にも泣きそうな目に涙がたまる。
このままでは泣かれてしまうと感じたハインケルはクロコの頭を撫でた。
「あー、悪かった悪かった。」
「………………………(にぱー)♪」
ハインケルは思っていた。
クロコのことだから大声で泣き叫ぶなんてことはないだろうが、きっと声を殺して、まるでポルターガイストのように壁に染み付くようにしくしくと泣いて、恨みがましい顔でずっと彼を見続けるであろう、と。
ただでさえ辛気臭くて息の詰まるような場所なだけに、彼はそれだけは何とか避けたかったのである。
「で、俺が指示した通りに御長男殿に会えたか?」
「……………………(こくん)。」
ハインケルはこの円卓会議の前、アヌビスと通信をしたその時にはすでにクロコをフウム王国に潜入させていたのである。
王国に潜入し、フィリップ王に疎まれている長男、ジャン王子に秘密裏に会うように指示していたのだが、人見知りの激しいクロコが王子と秘密裏に会っても、うまく喋れないのを見越して、手紙を彼女に持たせていたのである。
クロコが懐から手紙を差し出す。
どうやらこれが返事らしい。
ハインケルはクロコから手紙を受け取ると、まるで初めからその内容を知っていたかのように、内容を確認するように流して読む。
「…………………(じー)?」
「……気になるのか?まぁ、お前に話しても問題ねえ話だよ。お前に持たせた手紙はな、『お前の親父さんが、次の後継者に選ぶのは間違いなく次男同様に反魔、それも超強硬派の三男だ。このままではあんたの命も危ないぜ。何もしないで親子の忠を全うするなら、俺も何も言わねえ。でもあんたにその気がないのなら手を打たねえと…。』って軽く脅した手紙なんだよ。その気があるんなら、ある条件が起きたら王国を乗っ取っちまえって書いておいたんだが、この返事を見ると、長男もまったくのクズでもないらしい。」
クロコは不思議そうな顔をしてハインケルを見ていたので、ハインケルは仕方ないという顔をして説明を続けた。
「そのある条件ってのは、あの無能の王様が『三男に王位を継がせる』って宣言を出したらってことさ。その宣言が来たら、ジャンが自分の派閥まとめて国を乗っ取るって返事だったんだが、無駄にならなくて良かったぜ。あの無能、さっき本国に、自分にもしものことがあったら王位は三男に継がせよって自筆の宣言を持たせて使者を送ったばかりだもんな。」
大笑いするとハインケルはその手紙を灰皿の上で燃やした。

ハインケルの言う通り、フィリップ王の出した宣言が王国に届いた数日後にフウム王国始まって以来最大のクーデターが起こり、クーデター派は成功を収め、クーデターを指揮したジャン王子はジャン1世として即位する。
このクーデターは起こるべく起きたクーデターであり、同じ反魔物国家も長男を差し置
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