小さい頃は暗闇が怖かった。
例えば夜中にトイレへ行くために起きた時、真っ暗な廊下を通るのは父に怒られるのと同じくらいに怖かった。そんな時に限って、母に聞かされた怖い魔物の話を思い出してしまい、居もしないはずの何かがいるよう感じてしまうのだ。
けれど、実際に進んでみればなんてことはなく、肩すかしを受けたようであり、安心したようでもある気持ちで再びベットに戻るのだった。
だからそう、今感じている不安や恐怖も大したことはない。きっと無事に帰ることができる。そうして後であの時の自分は間抜けだったと笑うに決まっている。そうに決まっている。
……そう自分に言い聞かせても、革手袋の下の手はじっとりと汗をかき、胸の鼓動は収まらなかった。
ガリアン・シーベルトは、港町ウェリンストンの騎士の家の三男として生を受けた。
優秀な兄二人を手本に育ち、特別に裕福ではないが貧乏でもない家庭の状態もあり、彼は十五歳になる頃には心の澄んだ真っ直ぐな青年になっていた。
しかし、十五歳を超えると彼は困ってしまった。これからの人生をどう生きるのか、その目標を見失ってしまったのである。
それまではただひたむきに日々の勉学・武芸に励みながら、主神の教えに恥じぬ生き方をしてきた。しかし、いざ目の前に将来への分かれ道が現れると、どうすればいいのかわからなくなってきたのだった。
既に長男は家を継ぐべく父の補佐として働いている。次男は武芸の才能を生かし、高名な騎士への道を歩みだした。それでは、自分はどうするのかと悩んでしまってのである。
幼い頃からの憧れである二人の兄、そのどちらかの跡を追うのか。それとも全く別の道へ進むのか。両親は三男である彼に対して、ゆっくりと考えればいいと言ってくれた。
…実はこの時、彼の悩みの中ではある夢が燻っていた。
ただの欲求と言ってしまっていいかもしれないその内容は、『外へ出ること』だった。思えば彼はこの街以外を知らなかったのだ。
勿論、全く知らないというわけではなかった。本で学んだ知識、外国から船でやって来た人の話などで知ることはできた。しかし、自分自身の目で見てみたい、手足で感じて見たいという、子供じみた冒険心が純粋な彼の中に残っていたのである。
無論、彼はそれを口に出すことはなかった。もしそんなことを言えば、母親は心底心配するだろうし、父親は渋い顔をする。兄たちも自分を諭すに決まっているとガリアンは悟っていたのである。
そうして、未だに燻り続ける夢を心の奥底に仕舞い、その上を現実的な悩みで覆ってしまった。 そのまま何事もなければ、彼はその街で暮らし続けていただろう。しかし、そんな彼の転機は唐突にやってきた。
十六歳になったばかりのある春の日、高い山々を間に挟んで内陸にある街が魔物の手に落ちたという報せが届いたのだ。
それまで魔物を知ってはいてもどこか遠い存在として感じていた街の人々にとっては青天の霹靂であった。幸いなことにこのことに憂慮した周りの地域や国々からすぐさま騎士団が編成されることとなった。
そんな時にガリアンは父親に頼み込んだ。自分をその騎士団に同行させて欲しいと。
勿論父親は反対した。しかし、結局は最初の出兵であるから武力を伴っての街への警告か偵察で終わるだろうという意見と、彼の熱意に押されて認めてしまった。
この行動が彼の中で隠していた夢が再燃したからなのか、それとも自分の力がどの程度なのかを知りたかったからなのかは定かではない。果たして、彼は父親のコネもあり無事騎士団の一員として(末端の一兵士という形ではあるが)参加することとなったのであった。
初めて体験した行軍はガリアンにとって大変なものだった。
以前は商人たちが行き来していた、山々の間を通り抜ける道を行くのは彼にとって想像以上のものであった。
それでも、足に感じる山道の険しさを、体に感じる疲労を、目に映る山々の景色を感じるたびに気分が高揚していくのを否定できなかった。
そうしてやっとの思いで山を超えると、目的の街が見えてきた。
その時の彼の感想は『拍子抜け』だった。魔物に支配された街というからにはもっと荒廃した感じになっていると思っていたのである。遠目にもそんな感じには見えなかったのだ。噂に聞く恐ろしい魔物の存在など感じられなかった。
やっぱり大した事など起こらないのではないか。そう思いながら山を下り終え、平地に入った瞬間に、ガリアンの記憶は途切れたのだった。
「……う、あぁ。」
そんなうめき声が自分の口から出でいるのを感じて、僕は意識を取り戻した。体に痛みはないものの、頭はモヤがかかったかのようにはっきりとしない。
「あれ、ここは…。」
不思議なことに自分は森の中で突っ立っていたようだった
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