ぼくは物心付いた時から貧民街に生きてきた。
子供がここで生きていくには手段は選べない。生ごみを漁り、物乞いし、スリをし、同じ浮浪者からの暴力に怯える惨めな生活を送った。良い奴から消える灰色の世界で、ぼくにここでの生き方を教えてくれた奴はもう消えた。病気か飢えか、殺されたか。今日生きるには誰かを犠牲にしないといけない。
灰色の月明かりに照らされて、誰か歩いてくる。夜半に貧民街を歩くのは同じ貧民かバカか。目を凝らすと夜なのに日傘を差した豪華なドレス姿が見えた。自分はずっと辛い生活をしているのに、この貴族は良い暮らしをしているのだ。都合よく独り。放っておけば、他の浮浪者に横取りされるかもしれない。今日の獲物はこの貴族女にしよう。
暗闇の中光るキラキラした髪。陶器の様な白い肌。顔は相変わらず見えないけれど、本物の宝石細工も持っているかもしれない。スって売れば数カ月は食べていける。ひょっとしたら身形を整える余裕も出てくるかもしれない。この地獄から出ていける。貴族の持ち物は高く売れるし、とにかく何かひったくってやろう。飛び出して傘を掴んだ。
だがすぐに腕をとられた。ありえない力だ。若い貴族女の細腕とは思えない力だった。
「折角の息抜きが台無し」
「は、放せっ」
「悪ガキね。スリをしようとしたんだから、どんな目に会うか分かるでしょ?」
傘の内にはととても綺麗な顔があった。切れ長の目、深い空色の瞳、八重歯が意地悪そうな整った顔立ちが見えた。貴族令嬢だった。白い首筋から下へ下へ視線を下ろしていくと、ドレスからはみ出るお化けの様なおっぱいがあった。
「お前、親御さんはいないの?」
「親なんて知らないっ」
「ごめんなさい」
貴族令嬢はぼくの答えに神妙な顔になり、何か考え込んでからぼくの手を引いた。
「ちょ…何すんだよっ」
彼女はそれには答えない。抱き寄せられ、二つの大きな白いおっぱいが視界いっぱいに広がった。柔らかい感触が顔に当たる。
気付くと、ぼくは立派な部屋で立っていた。目の前にはキラキラした金髪と蒼いドレスのたっぷりした胸のあの貴族女がいた。彼女は椅子に偉そうに腰かけ、まじまじとぼくを見る。
「お前、名前は?」
「………」
「答えなさい」
キリリと吊り目で迫られると、不思議と逆らえなかった。
「……名無し」
「そう。良いわ。それじゃ私が付けてあげる。エミールなんてどうかしら」
「勝手に付けるなよ!」
貴族女は無視して続ける。
「私はベアトリクス。エミールのご主人様よ。よく覚えておきなさい」
いきなり連れ去られされ、勝手に名付けられて強引に自分の存在を塗りつぶされる。我儘で無茶苦茶な貴族らしい。悔しくて何も答えなかった。
「エミール、お前は今日から私の玩具よ」
「!?」
貴族に遊び殺される。怖い。どう殺されるんだ?貧民なんて本当に玩具と思ってるんだろう。見下ろす目は綺麗だった。この世のものとは思えなくらい。でも綺麗なのは見た目だけに決まってる。やっぱり貴族は嫌いだ。貧民は金を搾れる雑巾位にしか思っていないんだろう。こういう奴らが貧民を生む。どうせ殺されるなら全部言ってやる…!
「あんた何なんだ。ぼくは貴族が大嫌いなんだよっ」
「ふぅーん、諸侯が嫌いなの?」
「お前らが税金を取り過ぎて町が酷い事になってんだよっ!少しは貧民に金を残せ!貧民なんて人間と思ってないんだろ!?」
女は少し眉をひそめて小さな溜息をついた。
「私はヴァンパイアよ。人間の諸侯はもうずっと前に止めてるわ」
女は指で唇を持ち上げ、牙を見せてきた。人間じゃない。怪物女に目を付けられれば命がいくつあっても足りない。全身から噴き出す冷や汗。逃げなきゃ。
「何を怯えてるの。折角手に入れた玩具なんだからすぐ壊す訳無いでしょ?おいで」
落ち着こう。貧民街では脅しや暴力が当たり前だった。すぐ殺されない事が分かれば儲け物じゃないか。後は隙を見て逃げ出せばいい。逃げるのも得意分野。今は素直に従って油断させればいいんだ。身構えていると、怪物女は予想外の事を言いだした。
「まずはその髪を綺麗にしなきゃね。えーっとハサミは…」
「ふぇっ」
怪物女はハサミを取り出し、伸び放題のぼくの髪をザクザクと切り始めた。
「やめろっ」
「大人しくなさい。危ないでしょ。やだシラミが付いてるわ」
怪物女は暴れるぼくを無視して伸びきった髪を切り揃えていた。抵抗すると白い細腕で抱き寄せられ抑え込まれた。大まかに髪を切り揃えると、ぼくを白いタイルの部屋に導いた。目の前には人が二人位浸かれる大きな白い水入れが湯気を立てている。何だこれは。
「はい、服脱いで」
「ちょ、何するんだっ」
「お風呂。綺麗にするのよ。シラミまみれの玩具なんて嫌じゃない」
「ふぇ!?や、やっ」
女の人が服を脱いだ辺りで目をつぶった。
背中にとても柔らかい
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