加速魔法でレスカティエの国境近くに辿り着く。
ぼくは入国審査で引きとめられた。地味なローブを羽織って旅人を装ったが、厳しく詰め寄られたので拘束魔法で黙らせた。
中央広場に駆けだす。以前の集会で道順は覚えていた。最短距離で向かう。
トモエが晒されていた。辛うじて生きていた。間に合った。
彼女は高台に処刑場が用意され、つるされている。ボロ切れの様にみすぼらしい姿をしていた。処刑場を囲む様に見張り役も数人いる。周りには見物客がニヤニヤしながら大勢集まっていた。
公開処刑前に晒し、じわりじわり弱らせてから火炙りにするのが蛮族に対する最も残酷な処刑法。
「トモエッ!」
叫びながら、駆け寄り、見張り役に拘束魔法をかける。
見物人が動転する中、つるされたトモエをもぎ取り、抱えて全速力で離脱した。一般人は蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
その間数十秒。我ながら手早く行動できたつもりだった。
「……サラ…さん…?」
逃走中、傷だらけのトモエが意識を取り戻す。
「しゃべらないで!何処か落ち着ける場所に着いたら治療しますから!」
後ろには既に追手が居る。恐らく手練だ。魔法で威嚇射撃するが、弾かれてしまう。
ある程度大きい光球を落とし、目暗ましする。
その間にローブをかぶったまま全速力で逃げた。
小さなゴブリンは使用人にシャルル伯爵の国に向かっていた。
恋人の援軍を頼む為だ。
アレックスは最初、ラウラを行かせるのに躊躇した。相手はガチガチの魔物国家。そこに魔物娘を送り出す。流石のアレックスもラウラに気を使った。
国の証明書を作り、あらかじめ話しをつけておいてくれた。行き方も丁寧な地図を用意してくれたため、ラウラは安全かつ短時間でその国に着いた。
何だかんだ言ってもやはりラウラを気にかけてはくれているようだった。
シャルルの屋敷はあまりに簡素なものだった。
厳重な警護は幼女の姿をしたラウラにも容赦がなかった。門扉の警備員は武器を構えてきた。
ラウラは執事長アレックスに言われた通り証明書を提示し通してもらう。
証明書の効力は絶大で、屋敷の奥に招かれた。
シャルル伯爵が現れた。渋く、穏やかで、しかし風格のある中年男性だ。
ラウラは執事長から決して魔物である事を明かさぬように、なるべく目的を先に簡潔に述べる様言われていた。だがそんな冷静でも無かった。
「シャルル…さん!サラを助けて!」
ラウラはいきなり目の前の紳士に切り出した。
「待ちたまえ。私に順を追って説明してくれるかな?」
「サラはレスカティエに個人で襲撃するの!いくらサラが強くても勝ち目がない!シャルルさんの力があれば…!」
「何!?どういう事だ!サラ君は何を考えてる!?」
シャルル伯爵は呆気にとられている。あまりに無謀だ。国を相手に個人で戦争を仕掛けるにはそれ相応の意味があるはずだと考えた。
「あたしのせいなんだ」
ラウラは本性を解放する。角を生やして自分がゴブリンだと証明する。
「あたしはゴブリン族で……ッッ!?」
どこから現れたか警備員が大勢現れ斬りかかってくる。
「待って!いきなりはないだろ!?」
「鎮まれ、お前達」
シャルル伯爵は臨戦態勢の警備員を気迫で抑え込んだ。安心してラウラがシャルル伯爵の表情を見ると……
「ひっ…!?」
シャルル伯爵は燃え上がる殺気を何とか押え込んだ鬼神の様な表情をしていた。手は震え、血管は浮き出し、剣に手を掛け、いつでも斬りかかれる状態だった。
「応えよ。魔族の小娘。命の危機を冒してまで私の元に来て何のつもりだ」
気迫だけで魔物を殺せそうな圧迫感。ラウラはへたり込んでしまう。
だがここで気迫負けすれば自分だけでなく恋人も危ない。今更おめおめ帰られる訳が無いし、帰らせてもらえないだろう。
「最初から言ってる!サラを助けて欲しい!あたしともう一人、魔物の事親しくなったんだ。だけどそのせいでサラはレスカティエを抜ける決心をした!今公開処刑されそうになってるクノイチを助ける為に、それだけの為にたった一人で乗り込んでったんだよ!」
「全部お前達のせいではないか。お前達にさえ出会わなければ平和に一国の姫でいられた」
「ああそうだよ!あたし達魔物娘が悪いなんてバカなあたしでもわかるさ!」
ラウラは叫ぶ。
「好きな気持ちは止めらんないよ!」
「良く魔物の分際でそんな事が言えるな。好きな気持ちは止められないだと?それで好いた相手を危険にさらすのは本末転倒だな」
全く以て正論だ。ラウラは言葉を失う。反魔物国家で魔物と惹かれあうと言う事が如何に危険か分かりきっていなかった。浅はかだった。小さな体が自己嫌悪に押しつぶされそうになる。だがここで負けるわけにはいかない。
「あたしの事は……どうなってもいい。だけどサラは助けて。あたしにはお願いすることしか出来ない」
「…………
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