第十章 王族の務め

「ぼくが動くしかない……」
そう決心した日だった。
傷だらけの銀髪の姫が亡命してきたのだった。
貧民に扮した華奢な身体は擦り切れだらけであり、たった一人だった。
「マリアンヌさん!?」
「サラ……さま…」
白銀の姫は這う這うの体で崩れ落ちた。
アレックスをはじめとする使用人の治療と、ぼくの治癒魔法で彼女は一命を取り留めた。何やら相当恐ろしい目にあった様で、肉体的なものより、精神的な疲労の方が大きかった様だった。
「起きました?」
「サラさん……あ、大変なんですッ!」
いきなりベッドから飛び起きる小柄な美少女。
「あ、無理しないでください」
再び枕に頭をゆったり導くと、とても焦った様子で必死に絞り出した。
「我が国はレスカティエに攻め滅ぼされました。使用人達が必死で逃がしてくれましたが……」
詰まりながらもマリアンヌさんは母国の惨状を語った。
レスカティエから離脱の意思を表明したマリアンヌさんは正式な手続きを取っている最中に突如としてレスカティエに宣戦布告された。騎士達の数は足りず、圧倒的物量差で瞬く間に電撃戦が敷かれ、レスカティエ側の魔法騎士や聖騎士が小国を焦土と化していった。
「ドラゴンは…!ドラゴンが居たのでは!?」
「大臣の中にレスカティエに通じる者がまだ多くて、最高戦力をどのような場合に使用するかの審議が長引いて出撃が遅れました」
どうやら、国民や役人の中には未だに反魔物感情を持つ者が相当数おり、その者達の納得を得ぬまま急進的に改革を進め過ぎた結果、国民も二つに割れたと言う。
容赦ない蹂躙を恐れ寝返った者も多く、一方の親魔物派は人間相手に暴力的な手段を取る事が出来ず防戦一方だった。
ようやくドラゴンが出撃可能になった時には戦局は決定的だった。
たった一頭でドラゴンは獅子奮迅の活躍を見せたが、彼女もまた魔物娘。人間を痛めつける事に強い抵抗があり、ここぞと言う時に非情になりきれず次第に劣勢になった。
一方の聖騎士達は魔物相手に全く容赦がなく、とりわけドラゴンスレイヤーと呼ばれる騎士たちはドラゴン対抗戦術をとり効果的にドラゴンを攻撃した。


勿論ドラゴンの奮戦も無駄ではなかった。
大規模な電撃戦にもかかわらず、ドラゴンが奮戦している間にほとんどの親魔物派は逃げおおせ、当のドラゴンも怪我はしたものの親魔物派達の尽力で救出された。
だが自分の行った改革がきっかけで母国を滅ぼした事はマリアンヌさんにとって途方もない失策だった。
「私は国を見捨てて……逃げました…ひっく……王家たるもの…国民の為にあらねばならないのに……全て私のせいなんです…!」
肩を震わせて泣くお姫様はあまりに悲痛だった。見せしめの意味もあったのかもしれない。
レスカティエに逆らえばどうなるのか。たとえかつての味方であっても容赦せぬと。そういう事なのだろう。マリアンヌさんが良かれと思ってやった事ではあったが、全てが悲惨な結果になった。
これはひょっとすれば未来のぼくの姿なのかもしれなかった。ぼくも法的な手続きを踏んで反魔物陣営を抜けるつもりだった。
「……レスカティエは相当焦っているようです。先日捕らえたジパングのサキュバスを公開処刑するそうです」
「ちょ…ちょちょちょっ!」
衝撃的な事実を聞いた。まさか…
「ひょっとして公開処刑される魔族は、派手な紫色の装束で、クノイチと呼ばれる種族では…?」
「あら…流石に話がお早い」
頭が真っ白になった。トモエが……処刑?
「ど、どうなさいました?お顔が…」
「サラ様、よもやトモエを助けに行く訳ではございますまいな?」
後ろから割って入ってくる執事長アレックス。
「貴方は一国の頂に立っておられるのです。個人の感情から国を危険にさらさぬ様に」
アレックスは当たり前の事を言っている。ぼくもマリアンヌさんに似たような説教をした事もあった。トモエを見捨てれば穏便に事が終わる。だが…
「マリアンヌさん、公開処刑はいつです?」
「私が亡命した10日後、レスカティエの中央広場で行われます。つまり…今日からですと4日後です」
執事長が制止する。
「話しを聞いておられたか?貴方は国そのものだ。世継ぎも残さず死なれては国家に関わる。無責任に独りで突っ込まれては国民も危険にさらすのですぞ!」
「バレなければいいのです。電撃戦で奪還します。万一死んでもぼく個人で攻め込んだならしらを切りとおせるでしょう」
「違う!いくら個人が強くても相手は多勢に無勢だ!何れは押し負ける。それに貴方はまだ戦争を経験していない。それに公開処刑という事は警備が厳重で…!」
「あの、失礼します…お二人とも何故その様な」
マリアンヌさんが申し訳なさげに会話に入ってきた。ぼくは説明する。
「公開処刑される魔族の名はトモエ。ぼくの…大切な人です」
「まぁ…それはお気の毒に……」
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