序章

ぼくは王宮の一室で、人生の岐路の立たされていた。
今日これから、使用人を、国民を、国家を、欺く。
これから女装して一国の姫として振る舞わなければならない。

ここは反魔物国家レスカティエ教国と同盟関係を結ぶ小国。
目の前には父の残した遺言がある。
「…大丈夫、今までと何も変わらない」
ぼくは先代国王の妾の子であった。存在は隠され、秘密裏に武術、教養を教え込まれた。
腹違いの姉姫と瓜二つだったらしいぼくは影武者として育てられた。
姉上とは重要な祭典の時以外は大抵入れ替わっていた。

姉姫の名はサラ。色白の長身を包む白い姫装束。膝裏まである長いプラチナブロンドと碧眼で、国民からは王家の至宝とさえ呼ばれていたらしい。16歳の若さで王族の職務をこなす傍ら、国民にも目を配り、まさに王家の大器として将来を嘱望されていたという。

……本当かなぁ…ぼくには遊び好きの背の高い姉としか思えなかったけれど。いつもぼくに面倒事を押しつけて何処かに行っていた記憶しかない。






事が起こったのはほんの数時間前。運悪くぼくが武術の稽古に行く日だった。
姫は失踪した。部屋に漂う魔力や体液から、サキュバスに襲われたようだった。
帰って来た時には手遅れであった。
集まってきた使用人はぼくを大層心配した。
どうやらぼくの事を本物の姫、連れ去られたのは影武者だと勘違いしたようだった。




心配する使用人をかわしつつ自室に閉じこもった。
ぼくが影武者になっていれば姉は襲われずに済んだ。肝心な時に影武者としての役割を果たせなかったのだ。

遺言に目を通すと、とんでもない事が書かれていた。



影武者としての最後の役目。それは姫になりかわり姫を演じきる事。
もし姫が魔物娘に襲われ魔物化したともなれば、国の恥だ。そればかりか、レスカティエとの同盟で成り立つ小国にとっては裏切りと取られかねない。レスカティエを敵に回す事だけは避けたい。
国家の為にも、国民の為にも、どうか分ってほしい。



結果、ぼくは遺言に従って姉上の装束を着た。
「サラ様、お入りしてもよろしいですか?」
「あ、少し待ってくださいな?」
やるしかない。国家の為だ。意を決して姫装束を着て部屋を出た。
「サラ様、おはようございます」
「おはようございます」
執事が深々と頭を下げる。良かったばれてない。
「きょ、今日の予定は何だったかしら?」
「……?サラ様は先月から楽しみにされておられたではございませんか。市場へ行くのですよ?」
「ぁ!?あ、その…一国の姫が軽々しく国民の前に…行っても大丈夫でしょうか?御迷惑にはならない?」
思わず出てしまう変な声。
「何を仰っているのです。毎月の楽しみでしょう?民と触れあい、庶民の生活を知ることこそ次期女王の嗜みだと熱弁されておられた。それに姫様はお強い。もしもの時は私共が命をかけてお守りいたします故」
「ぁ…そうでしたわね。失礼いたしました」
怪訝そうな顔をする執事達。ぼくが影武者をしていた時、姉上はこういう事をしていたのか。元々遊び好きの方だったけれど……お転婆が過ぎる。暗殺の危険など考えないのだろうか。

「しかし、影武者の方には気の毒だった。サラ様の身代わりとなられて…職務を全うされたのだな…」
胸に刺さる執事の言葉。目の前にぼくは影武者の方。自己嫌悪になってしまう。
「さ、サラ様、すぐ参りましょう」
「えぇ?このままの恰好で?少し派手ではなくって?」
「何をおっしゃる!ありのままの姿で国民と触れあうとおっしゃったのはサラ様です」
執事達に押し切られる形で、ドレス姿のまま馬車に乗った。国民からは金持ちの道楽と冷めた目で見られはしないだろうか。内心冷や冷やである。




「あ、サラ様〜!」
「良いの入ってますよ~」
「きゃーっ!姫様よ」
「本日も麗しい…」
「ばっか!姫様は王国の至宝だぞ!当たり前だろーが」
街に出た瞬間、歓声の渦。
……胃が痛い。影武者として育ったけれど、ばれないのは男としてどうかと思う。そんなにナヨナヨした身体なんだろうか。一方でばれれば一大事。こんな善良な国民を騙しているのも辛い。板挟みだ。どうしよう。


姉上は相当国民から慕われているようだった。
聞く話は皆好意的なものばかり。ややお転婆な所もあるが、飾らないで国民の目線に立ち話を聞いてくれる理想的な王女。
改めて姉上の偉大さを知り、恐ろしくなった。
その姉になりきれるのだろうか。またいつまで演じなければならないのだろうか。
物思いにふけると
「このガキ…!バレバレなんだよ」

はいっ!?バレタッ…!?
突如上がる怒号に驚く。声のした方に振り向くと、果物市場で店主が赤毛の活発そうな少女を摘み出している。自分の事では無かったと胸を撫でおろしつつ、心配になって向かった。






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