アリスとおぢさん

「おーじさんっ! 早く起きてっ!」

ベッドの上に一人の少女が飛び込んでくる。
シルクのニーソックスに青いフリルスカート、フリルの沢山ついたドレスを着ている金髪の少女。
彼女は細い二の腕を私の首筋に絡ませて頬にチュッとキスをする。

「起きた?」

「ああ、起きた。起きたよ」

尖った耳をスルリとくすぐるとキャッキャと笑って人の身体の上を転げまわる。
彼女は人間ではない。
アリスという種類のサキュバスだ。
名前を聞いてもアリスとしか答えてくれないのでアリスと呼んでいる。

「おじさんが起きるの遅いからもう朝ごはん作っちゃったよ?」

「ありがとう、アリス」

アリスと出会ったのは一ヶ月前。
俺は勇者と共に魔物を狩る旅に出ていた。
だが俺は冒険の途中でちょっとした油断から魔物に捕まってしまった。
あの時は殺されると思ったが巣に連れ込まれる前になんとか逃げ出せた。
しかしながら逃げ出した先は不運にも悪名高いアリスの住む洋館だったのである。
俺の知識によればアリスは子供の姿で人を騙して殺す魔物だ。
しかも騙し討ちという手段に訴えるまでもなく歴戦の勇者を軽々屠る強敵だと聞いていた。
今度こそ駄目だ、そう思って彼女の言いなりになる生活が一ヶ月続いている。
当然ながら私が殺されそうな気配は一切ない。

「……っ!」

「おじさん、まだ足が痛いの?」

「ああ……どうやらまだ駄目みたいだな」

彼女と最初に出会った時、俺は足を怪我してしまっていた。
そうでなければ最初の時点で彼女を逆に騙し討ちしてやる気にでもなってたかもしれない。
だが彼女と一緒に生活するうちにそんな気も失せた。
命を救われたのも有る。
しかしそれ以上にこの奇妙な共同生活の間に、俺は彼女の姿に、魔物と化してしまったかつての私の妻子の姿を見てしまっていた。

「じゃあ、おじさんの分のご飯はこっちに運んであげるね」

そう言って彼女はせわしなく駆けていく。
戻ってきた彼女の手には温かそうなシチューの入った木の皿が有った。

「おじさんの取ってきてくれた鹿のシチューだよ」

彼女はスプーンでそれを掬って私の口元に差し出す。
優しげなほほ笑みは今は居ない妻に似ていた。
そのせいだろうか、俺は躊躇いなくそれを口に含んだ。

「おいしい?」

「う〜ん……」

「お、美味しくなかったの?」

彼女は急に不安げな表情を浮かべる。

「美味しいよ、世界一さ」

「やったあああああああああああ!」

満面の笑みを浮かべて飛び上がる。
細い錦のような髪が、愛らしい衣服が、それにそぐわぬ悪魔の翼が、フワリと揺れる。
その笑顔はなんとなく娘に似ているような気がした。
もっと女の子らしくしろといっても聞いてくれない辺りもそっくりだ。

「料理が随分上手になったな、おじさんも嬉しいよ」

「おじさんが料理を教えてくれたからだよ」

一人で暮らすようになってから必要に迫られて鍛えた料理の腕だ。
一応の自信は有る。

「ねえおじさん」

「なんだ?」

「私大きくなったらおじさんのお嫁さんになりたいな」

「こんなおじさんで良いのか?」

「だって、おじさんが世界で一番私のことを大切にしてくれるもん」

「そんなことあるもんか」

俺は彼女の言葉を鼻で笑う。
愛する人を世界で一番大切にできる人間だったならば、俺はどれだけ幸せになれただろうか。

「絶対にそうだよ、だからおじさんは私と一緒に居てくれなきゃ嫌だよ」

結婚したての頃、同じ事を言った妻の面影が彼女に重なる。
こんな幼い子供に俺は一体何を求めているのだろうか。

「おじさんは、絶対に私と結婚しなきゃ駄目なんだからね」

彼女は何か言い聞かせるようにそう付け加えた。

「……パパじゃあだめか」

「パパでもいいよ。でもお嫁さんにもなるもん。そうしたらおじさんずっとずっと一緒に居てくれるでしょ?」

「ああ、そうだな……そうする」

「じゃあパパって呼んで良い?」

「良いよ」

「パパ」

嬉しそうに、少し恥ずかしそうに少女が呟く。
俺は彼女をそっと抱きしめた。

「羽に触られるとくすぐったいよ」

「む、すまない」

「良いよ。ずっとそうしてて」

彼女は俺のベッドの中にするりと滑り込んでくる。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
細身の割には柔らかい肉の温もりが、胸のあたりからじわと広がっていく。
彼女の胸が膨らんでは萎む。
骨のコリコリとした感覚が直に伝わる。
幼さと女らしさのアンビバレントが俺を狂わせる。
今抱いている少女は子供なのか女なのか、今困っているのはその両方だからなのだ。
彼女は俺を恐れること無く静かに寄り添っている。
だが俺だって一人の男なわけで、子供くらいにしか思ってなかったアリスの中に確かな女性を感じる瞬間が有るのは否定できない。

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