ケイン・ミルゲル。それが俺の名だ。
俺が籍を置くのは、世界中で最も盛んな宗教組織・主神教団である。人間至上主義を掲げるこの宗教は『清廉潔白、慈愛に満ちた愛と正義の団体』という建前のもと活動している。実際、この組織の影響は強く、各国の王侯貴族に根強いパイプを持ち日々着々とその支配領域を拡大しつつある。そのため世界の中で見てもとてつもない影響力を持っているとも言える。
それはこのバイブリア大陸東端の田舎町・ブルジョワーズでも例外ではない。領主である貧乏貴族は教団からの支援をもとに領地の繁栄を促した。…その条件として領内の魔物の掃討を約束している。
その掃討作戦も近々ようやっと開始される。今までは領地運営による資金の枯渇や兵力の不足を理由に作戦を延期してきたが、遂に王直々に命令が下されたらしい。
…ここの領主は教団の思想には内心否定的なのだが、さすがに下級貴族が1人で世界に股をかける大組織に立ち向えるはずもなく渋々、命に従ったと見える。まあそれは王を始めとしたこの王国全体で言えることだが。
ともかく、俺はその掃討作戦の増援として教団から送られてきた。こんな田舎にしかも教団に非協力的な矮小国家に飛ばされたのだからこれは事実上左遷と見ていい。
事実、それをされるだけのことはしたと思う。何しろ魔物を逃してしまったのだから。それも初陣だ。どう考えても正気の沙汰じゃない。
多くの教団員が見る前で見逃したのだ。
普通は即処刑、その場で切り捨てられてもおかしくはなかったが、ここで俺の突出した能力が役に立った。
土魔法の適性。それも勇者に匹敵するほどの才を持ちおまけに槍の名手ともなればむざむざ殺すわけにもいかないのだろう。下手に追っ手をかければ被害は大きい、と判断したのか俺を懐柔する方法に転換したようだ。
事件を起こしたその夜のうちに俺の唯一の肉親たる妹が囚われた。
幸い、と言っていいのか陵辱された形跡はなかったが俺が裏切ればあっという間に犯し尽くされてしまう。そんな雰囲気があった。
だから俺はここに派遣された。
先ずは辺境の地で本当に裏切らないか試験的な意味合いの戦いに赴かせたのだろう。
鎖に繋がれた妹を見た時はその場の団員全てを血祭りにあげてやろうかとも思ったが、できなかった。その場の1人にガノンという男がいたからだ。
奴は元勇者にして、教団でも指折りの精鋭部隊『聖剣騎士団』を率いる猛者だったからだ。たとえ他の団員を殺せたとしてもあの男にだけは勝てない。そう感じさせるほど奴の覇気は凄まじかった。
…ともあれ、俺は今日やっと派遣先に到着した。
今までの道のりが木ばっかり見てきた覚えがあってなんとなく予想はしていたが、ブルジョワーズは絵に描いたような田舎町だった。
そもそも町と呼んでいいのか?と思うほど簡素で質素で汚い。
木で作られた申し訳程度のアーチには、掠れた文字でブルジョワーズと書かれた木の看板がぶら下げてあり、それを潜ると数えられるくらいの家々が疎らに点在するだけの場所。家は木製の普通の家で殆どが一階建てだ。外装は至る所にボロが出ていて見てて壊れないか心配になる。井戸は街の中心部に一つだけあったが、ボロボロでそこの水を飲んで何かの病気になりはしないかと不安になる。
ただ、これは後で聞いた話だが、この井戸には精霊がいるらしく水は清らかで美味しいのだとか。ならば何故あんなボロボロなのかというと近頃、精霊の力が衰えてきて修復ができなくなっているらしい。それなら村人が直せばいいと思ったが、なんでもその材料が無く、最近では税が上がり労働の時間が伸びたせいで誰もそんな暇はないという。
王といい領主といいつくづく統治力のない奴ばかりだと思う。…だが、教団に目をつけられた時点で終わっていると見ることもできるが。
何はともあれ俺はここに派遣された。到着が日の入り前だった為にとりあえず今日は宿に泊まることとなった。
みすぼらしい格好の痩せこけた老人…自称町長の案内で町唯一の宿へと案内された。
だが、ここも例に漏れずボロかった。
外装はもとより内装もところどころ剥げ落ちて汚らしい。場所によっては穴が空いていて外気が問答無用で流れ込んできていた。
今は冬だ。部屋に穴が開いていようものなら寒くてしょうがない。凍死できる自信がある。
皆口々に不満を零しながらも案内された部屋に入っていった。
俺も割り当てられた部屋に入り扉を閉める。…どうやら俺の部屋は幸運にも穴はないらしい。
ふぅ、と安堵のため息をついて装備を脱ぎ散らかしながらベッドに転がる。
その瞬間、かび臭いような生臭いような異臭が鼻をついたがなんとか息を浅くすることで耐える。布団もジメジメとしていて寝苦しいが気にしないように努めた。
ちなみに夕食は無い。この町に余裕がないので各自携
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