二章 肉断ち骨喰

「これで良し、と。」

結わえた髪に金の櫛を差し込んで、鏡に写る自分に頷く。

開かれた窓からは暖かい日光が射し込んで、室内の温度を適度に温めてくれる。外からは小鳥たちの囀りが絶えず響いてくる。

私は空を眺めて思わず笑みを浮かべた。

「今日は絶好のお出かけ日和だ。」



「華曜!お待たせ!」

春の陽気に黄昏れていると、一階の方から聞き慣れた心地いい音が私を呼んだ。

「早太!…待ってて、今行くわ。」

私は楽しさを堪えきれず、大急ぎで身支度を済ませて階段を駆け下りた。
未だ肌寒いこの季節、朝の木床はひんやりとして足裏を凍えさせたが、そんなのは一階で待っていた人物を見た瞬間に一切気にならなくなった。

「おはよう、華曜。」

にこやかに挨拶してくる彼に私も笑顔で返す。

「おはよう、今日はいい天気ね。」

「ああ、今日は一日中晴れるらしい。…星空も良く見えるだろうさ。」

落ち着きながらも、楽しげに話す彼に私も嬉しくなってつい笑顔を浮かべてしまう。

「さ、じゃあ行こうか。」

「ええ、行きましょ!」

差し出す彼の手を取り、私たちは足取り軽く町へと歩いて行った。















1年前のあの日、友達になった彼との交流は今も続いている。というかほぼ毎日会っている。会うたびに新たな発見をする日々は実に楽しく、また季節折々の情景や娯楽を彼から教わったりした。
私と違って人間である彼は生活の為に時折、傭兵じみた仕事を請け負いながらなんとか生計を立てているようだ。
手に職を持たない彼も生活は厳しいらしく、たまに
#37995;の奴に愚痴をこぼしたりもしているらしい。…それでも、私の前では一切その気を見せないのがなんだか悲しくもある。
そんな中でも私に会いに来てくれるのは本当に心の底から嬉しくて堪らない。でもだからこそ彼の身が心配でならない。

定職につかないのも、私に会える時間が減ってしまうから…というのは私の勝手な思い込みだが、そうであるならなんだか罪悪感も湧いてしまう。



「…どうした?」

「ん?なんでもないよ。…ただ、もうあの日のことが遠い昔のように思えてね。」

「…物思いに耽っていたと?」

「ふふ…そんなとこ。」

彼はまたも微笑みかけてくる。私も嬉しくて頬が緩む。


彼もまた、この1年で随分変わった。以前より逞しくなったし口調も男らしくなってきた。そしてなにより、物静かになった。
私としては会ったばかりの頃みたいに純真無垢な彼も可愛くて好きだったのだが…男としてはそういうのは言われたくないらしい。端から見ても無理してキザに振舞っているのは丸わかりだ。

ちなみに、ここで言う好きとは言葉通り、“男として好き”という意味だ。

あの日から1年、じっくり考えて私は『自分が彼のことを好き』だという答えに至った。確かにあの日からいろいろな事があったしその中で彼の魅力的な部分に多く触れたのは理由としてあるかも知れないが、それ以前に会って初めて感じたあの“想い”が今思うと恋、一目惚れだったのは明白だ。
優しげな目は、時にどこか凛々しく力強い光を潜めていて、ジパング民特有の黒髪は短く美しく艶やかで顔立ちもどこか端整である。

…でも、惹かれたのはそこじゃない。その心のうちにある確かな力の炎。命の輝きの眩さに惹かれてしまったのだ。

ほんのりと身体が火照っているのが心地よく感じるようになったのはここ最近のことだ。
彼が愛しくて恋しくてどうしようもなくなる夜は、彼を想いながら自分を慰めるようになったのもここ半年のこと。
想いは日に日に募り、昂り溢れそうになっている。

…でも、それを彼に伝えることは絶対にしない。

だって彼は私を1人の“友人”として見ているからだ。




1年前、なんらかの悲惨な過去の影響で不安定な心情のまま日々を過ごしていた彼を受け入れて、1人の友として彼を支えてきた私が今更、彼の伴侶となることを望むのは傲慢というものだ。
今、彼は立派に成長している。齢16にしては実によく出来た立派な大人になった。

…こんなことを思うのも、彼を我が子のように思ってきたゆえの心境か。





「…春はいいな。」

「え?」

不意に隣を歩く彼が声をかけてきた。その視線は道の傍に連なる桜並木に向けられている。

「…そうね、気候も安定してるし、桜も綺麗だし。なによりこの穏やかな空気が心地いいわ。」

彼は黙って頷く。口の端が少し上を向いているということは、彼も私と共にいることを少なからず楽しく思ってくれているからだろうか。
そう思うと心が、身体が疼いてたまない。彼の純粋な思いに情欲で反応してしまう私はなんともいやらしい女だと自分で思う。
でも、恋しくて堪らないのだ。彼の吐息、鼓動、匂い、汗に至るまで何から何
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