商家の娘

「最悪だわ…。」

カタリナ・クリフトファーはぐったりと机に突っ伏した。ツーサイドアップにした長い銀髪が乱れて広がり、ひんやりとした木製の黒々とした机からの冷たさが頬に伝わる。
横に長大な机には膨大な量の書類が山積みにされていた。そのどれもが彼女の承認印待ちのものだった。

商会の大部屋、普段なら多くの部下が事務作業に勤しむその部屋にはたった今、彼女以外に誰1人としていなかった。部下個々の机と目される場所にも書類が散らばっており、ある程度分かりやすくまとめられている所もあれば、乱雑に机の上に散りばめられている所もある。

膨大な書類の山の中に彼女1人だけが残されていた。

だが、部下たちも何も彼女1人に仕事を押し付けてそそくさと帰ってしまったわけではない。皆、仕事に出ているのだ。郵送という仕事に。

「…。」

カタリナは死んだ魚のような目で辺りを見回し、そして…また机に突っ伏した。

「…死ぬ。私、今日ここで、仕事の山の中で溺死するんだわ。」

そう悲観して、動かなくなる。



ここで、なぜ彼女たちの商会がこんな事態に陥っているのか説明しておこう。



先ず、彼女たちは今朝も何時ものように出勤し、仕事に勤しんでいた。小さな商会であるこの商会だが、それでもこの大部屋が埋まるくらいの働き手はいた。それぞれに個人差はあれど、仕事はしっかりこなす働き者たちだ。

それがなぜ1人残らず消えたのか。…それは太陽が頭上に登り始めた頃のことだった。



仕事がひと段落つき、各々に休憩を取り始めた頃、不意に大部屋の入り口の大扉が開け放たれ、部下の1人が駆け込んできた。

仮にも商会を束ねる立場の彼女は、元々この商会が弱小な事もあって他の会長達よりも多大なる疲労を溜め込んでいた。

「…なによ、うるさいわねぇ…どうしたの?」

気怠そうな彼女の言葉に、駆け込んできた男は冷や汗を流しながら思い口ぶりで話した。

「…うちの運び屋が全滅しました。」

「………………は?」

「い、いや、言い方間違えました…その、唯一うちの品を取り扱ってくれてる運び屋集団の方々が、揃って身動きがとれないのです。」

詳しく話を聞いてみると、なんでも大きな仕事を請け負った彼らは総出で品を運んでいたところ、偶然にもその地域で戦争が勃発してしまい、ちょうど両軍の入り乱れる地域に取り残されてしまったのだという。そして、身動きが取れなくなった彼らは取り敢えず身を隠し、ことの次第を伝えるために伝令を出した…とのことだった。

…不運め、今度はそう来たか。…その時の彼女はその程度しか思わなかった。
生まれてこのかた、数々の不運に見舞われてきた彼女としてはこのくらいのアクシデントは日常茶飯事であった。…因みに、その不運こそがこの商会が未だに弱小、格下で燻っている理由の一つでもあった。

しかし、不幸は重なるものである。

それから程なくして、再び大扉が乱暴に開け放たれまたもや1人の男が駆け込んでくる。

そして、彼の口から語られたのは、王宮からの武器防具の大量発注だったということである。




「…はぁ。」

思い出して、また倦怠感に見舞われた彼女は溜め息を漏らす。

「いつか…あの人が“溜め息を漏らす度に一つ幸運が去っていく”って言ってたけど。…今の私にはどのくらい幸運が残ってるのかしらね。」

今度は独りごちてみる。けれどもすぐにまたむくっと起き上がり頬を両手で叩く。
ぺちん、という音が部屋に響き渡る。

「…よし!もう少し頑張るか。」

仮にも彼女は商会のトップである。すぐに立ち直って仕事に黙々と励んでいく。
度重なる不運にもめげずに、あるいは即座に立ち直って現実と向き合うその強さ。
それこそがこの商会が小さいながらも活気に満ちている、部下がやる気に満ちている要因の一つでもあった。

…だが、二度ある事は三度ある。とはよく言ったものである。

「か、カタリナ様!!」

本日3度目の光景。カタリナそれを見ただけで全てを悟った。

「…。みなまで言うな。」

追加発注…来ました。






















「…(イライラ」

王都へ向かう道中、カタリナは終始不機嫌だった。そもそも、小さなこの商会に仕事が多く入ってくるのは良いことだ。しかし、こうも立て続けに、押し寄せられては手が回らない。

「…はぁ、こんなに仕事くらるんだったら、せめて先月にしてほしかったわ。」

というのも、先月は今日入ってきた仕事の半分も仕事がなかった。
これでも売り買い、損得の見極めだけは一流のカタリナであっても、そもそもとして商談がなければ発揮するところもない。
もちろん、売り込みに行ったこともあったが、元々が名の知られていない商会のために相手にしてもらえず門前払いを食らってきた
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