私は並木道を歩いていた。
春の心地良い風が肌を撫で上げ、思わず頬を緩ませる。
左右に連なっている樹木には鮮やかな花が咲いている。薄紅色の5枚の花弁を目一杯に開き、枝いっぱいに咲き誇っていた。聞いたところによれば、この樹はジパング産の『桜』という種類らしい。
淡い色彩に彩られた並木道を私は歩いていた。
時折、どこからか聞こえてくるのは『ウグイス』という鳥の囀り。これもジパングの固有種だとか。
並木道の右手には小川が静かに流れ、左手には『田んぼ』と呼ばれる稲穂の畑が広がっている。
私はのどかな風景ののどかな空気を、目一杯に吸い込んだ。
「…はぁ、やはりジパングの空気は心地いい。故郷には無い心地よさがここの空気にはある。」
吐き出すと共に感嘆の言葉を漏らす。
どうせここには私しかいないのだ。敢えて独り言を呟いても誰も何も反応してこない。
「……それはそれで悲しいがな。」
ぼそり、と不満を漏らしてみる。当然、誰も反応しない。誰もいないのだから当然だ。
だが、やはり虚しい。
言いようのない心の穴を彼女、サルガタナスは感じていた。
『そろそろいいかしら?あと数分ほどで復元限界よ。』
そこに割って入ってきたのは、幼くも冷たい声。
その声に一瞬にして現実に引き戻されたような感覚に陥る。
…まあ、頼んでいるのはこちらなのだし、不満を漏らすのは筋違いだな。
適当に自分に言い聞かせ、サルガタナスはいつもの冷静な表情で先の声の主に応えた。
「…ああ、もうすぐ帰還する。ゲートの解放を頼む」
『OK………はい、開いたわ。』
その言葉と共に、サルガタナスの目の前の空間がグニャリと歪み切り開かれる。
中は漆黒に閉ざされ、こちらからでは何も見えない。
…相変わらず仕事が早い。
サルガタナスはその歪みの中に躊躇なく足を踏み入れた。
「どうだった?」
回転式の椅子に腰掛けた青白い顔の少女が声をかける。
「相変わらず文句無しの出来だったよ。…やはりお前は最高の幻術師だな。」
サルガタナスは笑みを浮かべて答えた。
その言葉に「そう…」とだけ応えて少女はくるりと椅子をデスク前に回転させた。
無表情から放たれる彼女の言葉は一見、冷めたように見えるが、彼女と付き合いの長いサルガタナスからすれば見慣れた光景であり、それが決して無関心から来るものではないと分かっていた。
だから、特に気にすることもなく話を続けた。
「いつも悪いな、お前とて多忙な身であるだろうに。」
「別に。私も趣味でやってるだけだし、それにあのくらいなら寝てたって作れるわ。」
「くくっ、お前ならやりかねんな。」
「…フフッ。」
冗談めかした物言いに無表情の少女が僅かに口元を緩ませた。
これも2人が親密な関係にある証であり、普段の彼女は、部下や上司の前でさえ笑みを浮かべることはない、無愛想な子なのだ。
そんな子が僅かでも笑む姿は、おそらくこの悪魔を含めてほんの一握りしか存在しないだろう。
少女はボロボロになった薄いローブ一枚で殆ど裸体に近い服装(?)をしていた。
足を組み替える度に、不健康な色合いながら張りのある美しい太腿が交互に露わになる。つま先まですべすべのモチモチだ。
「…。」
…アンデッドのくせに、どうしてあそこまでお肌に張りが持てるのか。同じ女として、とてつもない敗北感を感じる。
自分のほっぺたを擦りながら、自虐気味にサルガタナスは思った。
…とはいえ、彼女もそこいらの人間に比べればかなり美肌だということに、己自身で気付いていないのが残念なところである。
彼女が密かに傷心している間に、裸族の少女は何やらPCに向かって熱心に打ち込みをしていた。
「…何してるんだ?」
気付いたサルガタナスがPCを覗き込む。
そこに写っていたのは…
「…なんだこれは。」
画面の中で微笑んでいるのはおよそこの世のものとは思えない可愛さを持った女の子。裸族が画面をクリックするとしゃべりだした。
『あ、リッチ君!こんなところで会うなんて奇遇だね!』
「おい、ネビュラ。なんだこれは?」
「見てわからない?ギャルゲーよ。」
ギャルゲー。
PCの中の女の子とイチャイチャする…あれか。以前、あの世界に降りた時に見たことがあったから、知識としては知っているのだが…。
プレイを見るのは初めてだ。
普段から生真面目なことが多い彼女は、物珍しさからか、つい見入ってしまう。
それを見てほくそ笑んだネビュラは、マウスをクリックし続ける。
主人公目線の画面の中では、ヒロインであろう女の子が主人公と楽しげに会話していた。
「…。」
…私も、こんな風に素直になれたらー
そうして順調にゲームは進んでいき、やがて、二つの
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