朝靄がまだ深く町を包み込んでいる頃。
小高い丘の上に立つ石造りの古城、この地域一帯を治める領主の居城だ。
大した生産品もない田舎に相応しく、ここの領主はなんのキャリアも無い弱小貴族ユーリ家の現当主ハスラン・ユーリという男だった。
しかし、家柄は弱小ながらこの男の治世は評価こそ低かれど、善政と呼べるものであった。納税はこの国の中では最低額に位置するものでそれどころか街や村の為に殆どの税金を使ってしまうため収支はギリギリ黒字を保つ状況となっていた。
上記の理由により国からの信頼は皆無に等しくも、領民からの支持は絶大なものであった。
しかしー
「…ハスラン様、例の害鳥の件、進展のほどはありましたか?」
椅子に腰掛け本に読み耽っていた黒髪の聖職者はベランダに佇む長髪の男に声をかける。
男は聖職者より少し高めの身長で、振り返らずに「いや…」と極めて短く答える。
男の返答が気に入らなかったのか、聖職者は僅かに顔を顰め本を閉じつつ立ち上がる。
「いけませんねぇ…きっちり仕事はこなしてもらわねば、私もそれ相応の対応をせざるを得ませんぞ?」
聖職者は嘲笑うような口調で男を諭す。
「わかっている…私とて、全力で事に当たっているのだ。もう少し待ってくれ。」
「…私の洗脳も追加したのです。これ以上は望めませんよ?」
「だからわかっていると言っているだろう。…私とて、これ以上部下を狂わせたくない。」
聖職者はニヤリと微笑んだ後、男の肩をポンと叩いて耳元に顔を近づける。
「期待、していますよ?」
そう囁くと、紫の霧になって消えていった。
「…聖職者の皮を被った悪魔め。」
ギシリと男の歯が音を立てて軋む。
「…ハスラン様。」
そこに1人のメイドが心配そうに声をかけた。
「…案ずるな。いつだって私はこの町を一番に考えて行動している。それはこれからも変わらん。」
「いえ、町の事ではなく…ハスラン様ご自身のことを…」
不意に振り返ったハスランと呼ばれた男は優しく微笑みかけ、メイドの頭にポンと手を乗せると彼女の桃色の髪がフワッと揺れた。
「心配するな、俺は大丈夫。既にこの身はレクターの地に捧げたのだ。未練はあれど後悔は無い。」
ゆっくりとメイドの頭を摩る。それを気持ち良さそうに受けつつも、やはり心配そうな顔で上目遣いに主人の顔を見上げる。ピンクのショートカットから覗かせるのはまだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。
その可愛さに眼のやり場に困ったような仕草で視線を逸らしながら頭を撫で続ける。
「そんな顔をするな、上手くやるさ。…俺の民は誰も死なせはしない。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ま、魔物ですって!?」
「あ、いや!危険はありませんから安心してください。」
翌朝、これからの事を考えるため、とりあえずお隣さんのテスナさんに協力してもらおうと朝一番にアリアを伴って家を訪れていた。
普段から肝の座ったテスナさんだったから、てっきり驚かないだろうと思っていたのだが。
「危険って…まあ、それはそうとして。
…それにしたって貴方、彼女を匿っているのを教団に見つかったらただじゃ済まないわよ?」
予想に反して、彼女はアリアの保護に否定的だった。しかし、その意見にも一理ある。
もし、3人でいるところを見つかってしまっては彼女にも迷惑をかけてしまいかねない。
「す、すいません。テスナさんの迷惑も考えずに…そうですよね、こんなとこ誰かに見つかっちゃったらテスナさんにまで迷惑を…」
「そういうことをいってるんじゃないの!私は…貴方が心配なの!」
急に凄い剣幕で声を荒げる彼女に、俺とアリアはポカンと口を開けて驚いていた。
ハッと我に返ったテスナさんは、
「ご、ごめんなさい、急に怒鳴ったりして。…でも、私は本当に貴方が心配なの。」
「テスナさん…」
ただのお隣さんの俺をここまで心配してくれてるなんて。
だが、俺だってここで引き下がる気はない。アリアが魔王軍に合流できるまで保護すると決めたのだ。
「…わかりました。急に無理なお願いしちゃってすいませんでした。」
「バルスくん…」
「俺は、アリアが魔王軍に合流できるまでうちで預かります。」
「!バルスくん!?」
「テスナさん。余所者の俺をそこまで心配してくれてありがとうございます。…ですが、俺は彼女を助けた時からもう覚悟は決めてあるんです。
ですから、誰が何と言おうとアリアは俺が保護します。
テスラさんにも極力迷惑を掛けないようにするんで、それじゃ。」
バルスはアリアをヒョイっと抱え上げると脱兎のごとく走り去っていった。
「ちょ、バルスくん!!待ちなさーい!!
…もう、私は貴方が心配なんだって。…もし、貴方に何かあったら…わたし。」
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