前編

 道行く人々が雑多にひしめきあう、高層ビルが建ち並ぶ都会の真っ只中。
 待ち合わせ場所として有名な駅前広場にて、円筒状の巨大オブジェの外周に設けられた鉄製の腰掛けに座り、俺は待ち人の姿を探していた。
 街頭テレビジョンに映るコマーシャル映像のループをじっと眺めるが、その内容はまったくといっていいほど頭に入ってこない。
 ソワソワしながら何度も腕を組み変え、考えが堂々巡りする。数十分前に着いてからというものの、ずっとこの調子だった。
 なぜならば、待ち人は己の人生においてひときわ特別な人物であったからだ。

「お待たせ〜!」

 ハキハキとしていて通りのいい可憐な声が降りかかる。自分だけでなくその場に居合わせた誰もが振り返った。

「あなたがハッスンくん?」

「はいっ!そうです!」

「待った?」

「全然!いま来たばっかりっす!」

 お決まりの文句で返し、俺は改めてその姿を認める。
 背丈は自分より一回り小さく、ゆったりとした白いブラウスに紺色のフリルスカートといった出で立ち。
 濃青のメッシュの入った流麗なシルバーブロンドのミディアムヘアに、丸くてくりくりとした緑色の大きな瞳。あどけなさを残しつつも整った目鼻筋。
 ゆとりのあるブラウス生地越しにも分かる豊かな胸元は否が応でも目を引く。
 髪の色に近い乳白色の毛皮に覆われた両足、頭に生えた一対の太く短い湾曲角、ぴょこぴょこ動く獣耳に長い尻尾といった、乳牛の特徴を持つ愛らしい獣人の女の子だ。
 
(わぁ…写真で見るより何十倍もかわいい…!)

 彼女は『白嵜(しらさき)メグ』。
 ホルスタウロス族出身という異例の経歴を持ちながら、恵まれたプロポーションと天真爛漫なキャラが人気の今をときめく魔物娘グラビアアイドルだ。
 なぜ、「ハッスン」ことこの『泉蓮太(いずみはすた)』如きしがない一般人が、このような眩い後光を放つ雲上の天女と待ち合わせをしていたのか。
 事の発端は今より約一ヶ月前まで遡る


*


「――『抽選1名様!メグとお忍びデートのチャンスをあなたに』…?」

 メールボックスの新着一覧の中でひときわ目を引くそのタイトルをおもわず音読する。
 そのあまりの胡散臭さ。最初は弾き損ねた迷惑メールが紛れ込んだのかと思ったが、差出人は「白嵜メグ公認ファンクラブ」のアドレスそのもので、正真正銘ファンクラブから送られたものだった。

「お忍びデートねぇ。確かにメグとデートできるならどんなに幸せなことか…」

 しかし世の中そんなに甘くない。そんなにチョロく物事が進んでいいはずない。
 きっと某アイドルグループのように新作の写真集一冊を抽選券に仕立て、グラドルとのデートという男の夢をダシに購買意欲を煽る。といったところが関の山ではないだろうか。

「…とはいえ、一応中身は見ておくか。一応」

 一応。と復唱しながら件のメールのタイトルをクリックしてみる。すると特殊文字と記号の入り混じった文面が展開された。

「ええっと、なになに?」

 内容を大まかに要約するとこうだ。
『今年△月○日発売のメグの写真集「渚のハトホル」に付属する応募ハガキを送られた方の中から抽選1名様に、メグと一日お忍びデートする権利をプレゼント!』

「――ドンピシャかよ」

 メールの内容があまりに予想通り過ぎて、俺はあんぐりと開いた口が塞がらない。
 所詮こんなものだ。急にバカバカしくなった俺は無気力にPCの電源を落とし、布団に仰向けで倒れ込んだ。

「どっちにしろメグの写真集は買うつもりだし、念のため応募だけはしてみるか…」

 そうして来たる発売日。朝一で並んで手に入れた写真集を自宅で封切るとあのメールの告知通り、応募ハガキが付属していた。
 表面には宛先である事務所の住所。裏面はまっさらの無地にメグ本人が書いたとおぼしき文字が印刷されている。

「会員様であれば会員番号とペンネームを。あと何かひとことあればどうぞ♪」

 線が薄くてタッチの柔らかい女の子らしい文体だ。俺は『No.0017 ハッスン』と丁寧に記し、その下に『読モ時代からのファンでした!』と一文添え、仕上げに切手の裏面をぺろっと舐めてから貼り付ける。そうして認めたハガキを賽銭箱に10円玉を投げ入れる感覚で近所の郵便ポストに投函した。
 ダメでもともと。そんな軽い気持ちのはずだった。
 ところが、応募ハガキを送ってから数週間後。なんと自分あてにメグ本人からの直筆の手紙が届いてしまったのだ。
 その内容は…。

『写真集買ってくれてありがと〜
#9829;あなたは数ある中から見事選ばれました♪勝手ながら日時と場所は指定させてもらうね!日時は×月■日の日曜日の午前11時。場所は○○駅前広場。あとデートプランはこちらで考えとくけどいいかな?もし
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