嵐の翌日というのはどうしてこうも思い切りよく晴れるのだろうか。
太陽が燦々と照りつける浜辺を歩いていた猟師の青年「浦田次郎(うらたじろう)」は、昨夜の仄暗さと打って変わって爽やかな晴天を仰ぎ見て、素朴な疑問をぶつけていた。
なぜ猟師である次郎が浜辺を歩いているのか。その理由は前日の嵐が発端となっている。
嵐の猛威が訪れ森が荒らし尽くされると、生計を立てるのに必要な動物たちは安全な山奥にまで挙って避難してしまう。次郎の活動地域に再び姿を見せるようになるまで時間を要するため、狩猟はしばらくは臨めないのだ。しかも間が悪いことに、たまたま食料の備蓄も資金も底を尽きかけていた。
しかしながら、こういった窮地に陥った時に飢えを凌ぐ道が次郎には残されている。次郎の住んでいる土地は山と海が近部にあるので、山の幸にも海の幸にも恵まれている。ようするに、しばらくは海で釣った魚を食料の足しにして乗り切るのである。
もっとも万が一に魚が獲れず坊主が続いた場合、次郎の職業柄付き合いのある里へと行き、食料を分けてもらう伝もあるが、これはあくまで最終手段であり、安々と物を乞うのは自らの自活能力の低さを証明するようなもので、狩猟の実力で成り立つ職業である猟師としての沽券に関わるためあまり得策ではないのだ。
そういったわけで次郎がいつも利用している釣り所までたどり着くと、さっそく持参してきた釣り道具をこしらえ始める。
竿を組み立て擬似餌を作るなどの一連の作業が手際よく進む。
彼が食料調達のために釣りをするのは今回が初めてではなく、幾度も経験していることだった。
そんな中、ふと彼の視界の隅に何かが映る。次郎はその何かがある方角を注視してみると、波打ち際からかなり離れた砂浜に奇妙な物体が打ち上げられているのを見つけた。
興味本位がくすぶられた次郎の足は勝手に動いていた。
奇妙な物体へ近づいていくにつれ、それが乾燥した海藻のようなもの塊であることがそれとなく分かってきた。しかし、目と鼻の先まで近づいてみると次郎にはそれの全貌が逆に掴めなくなってしまった。
それは乾燥した海藻の塊でなく、海藻が長い髪の毛のように幾重にも連なって全身から生えている小さな女の子だったのだ。人の姿であることに違いないが、顔から伺える肌色は白に限りなく近い淡緑色で、人ならざる者であることは明白だ。
意識を失っているのか、はたまた既に息絶えてしまっているのか。それはピクリとも動かなかった。
「もしかしてこの子は妖怪……なのか?」
―妖怪。美しい乙女を象った異形の魔物のことを、次郎の住むジパングではそう呼ばれていた。彼女らはジパングより外の国では禁忌の象徴としての認識が強かったが、殊この国においては比較的馴染みのある存在である。
次郎も妖怪のことはそれなりに知っていたが、彼の目下で横たわっている少女のような種族は今まで見たことがなかった。
「み……ず」
「……まだ生きてるのか?」
次郎の目には生気を全く感じさせない様子の少女だったが、耳を澄ましてみれば微かに声を絞り出しているのが確かに聞いて取れた。衰弱はしているが、この子はまだ助かる見込みがあるかもしれない。
人の命も妖怪の命も平等に尊い。次郎は柄にもない説法を自身に説き、この妖かしを死の淵から救い出すことを決意した。
彼女の口から出た水という単語を聞き逃さなかった次郎は、ひとまず手元にある水筒を飲ませる。
「ほら、水だ」
少女のこじんまりとした唇に水筒の穴をあてがい流しこむ。半分ほど溢れてしまったが、わずかに波打つ喉元を見てしっかり水を飲んでいることを確認しつつ、手持ちの全ての水筒の中身を惜しみなく少女に分け与えた。
「も……もっ……と」
「待ってろ。俺の家にまだある」
もはや手元に飲み水となるものは無く、かといって海水を飲ませるわけにもいかない。あとは自宅で介抱することにした次郎は、彼女の身体に付いた砂が着物の中に入ることも厭わず、急いで背負い込んで少し早い帰り路につく。彼女は年頃五つか六つほどのその幼い見た目どおり軽かったため、次郎が浜辺から家に運ぶまで難儀はしなかった
*
「目が覚めたようだな」
布団に少女を寝かせてから十数分、意識を取り戻したらしい彼女は上体を起こして、周囲を見渡している。無事な様子の彼女を見て次郎はほっと胸をなで下ろした。
「ここは……どこ?」
少女は開口一番にそう言う。
霞に溶けて消え入りそうな小さな声だったが、その声色は鈴を転がすように上品で、次郎は一瞬、聞き惚れてしまう。暗い表情と全身に連なって覆う海藻もあいまって陰気だが、顔立ちは精巧な人形のごとく整っており、神秘的な印象をも受ける美少女である。
しかしながら、次郎は彼女の姿に違和感を覚えていた。砂浜から
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