「ねぇ、ダーリン! 今動いた! 動いたよ!」
「ほんとか!?」
マリは成人男性の腰元ほどの高さのある巨大な卵を愛おしそうに抱きかかえ、目を輝かせている。
その卵、何を隠そう僕とマリの愛の結晶なのである。
数カ月前、マリが出産……いや産卵した直後は、ありふれた鶏の卵のサイズだったが、時が経つにつれ大きくなり、今では抱えて運ぶのさえ困難なほど大きくなってしまった。
僕が不思議の国に住み着いてからはや半年。
相変わらず身体は少年のまま戻らないが、マリは今の自分の姿を『かわいらしい』と言って気に入ってくれているし、少し不便なこともあるが、生きていく分には特に問題ないのであまり気にしていない。
「おっ、動いてる動いてる……。一体どんな子が産まれてくるんだろうなぁ」
サラサラと滑らかな感触の白い殻に片耳をあてると、生命が胎動する音が聞こえてくる。
殻の表面はマリに暖められていたおかげか仄かに暖かい。
「名前、どうしようか」
「んふふ〜♪ 実は私もう考えてるんだ。『リリ』ってのはどうかな?」
「『リリ』か……。可愛くて良い名前だね」
僕はジャブジャブの卵、もといこれから産まれてくる愛しの我が子リリに話しかける。
「早く産まれてきてくれないかな……リリ」
そう言った瞬間だった。
突然、物言わず鎮座していた卵がガタガタと揺れ始める。驚いた僕とマリは反射的に距離を置く。それでもなお静まらず、中で何かが外へ出ようと暴れているかのようだ。
「え、な、なに? もしかして、もう産まれてくるの!?」
「そ、そんなはずは……。もっと時間がかかると思っていたけど……?」
僕は事態の急転に慌てふためく。またマリにとっても想定外の事態らしく、動揺を隠せないでいた。
「あっ、ヒビが……!」
マリが指摘すると、ピキピキと殻の割れる音が鳴り、卵に一筋の亀裂が生じる。
その亀裂は卵が揺れるたびにどんどん伸びて、大きく広がっていく。僕とマリはいよいよとばかりに、固唾を呑んで見守った。
「う、産まれるっ……のか?」
僕がそう呟いたとき。殻の一部がポロッと取れて床に落ちた。
卵の揺れが止まる。一瞬、静寂が場を支配した。
僕とマリはお互いに顔を見合わせると、おそるおそる中身を覗き込んだ。
「こ、この子が……」
「リリ……?」
僕らは殻の中にいた我が子の姿を見たとき、呆気にとられた。
幼児くらいの背丈の、白い白濁とした液体を纏うオレンジ色の半透明の女の子。その姿はまさに『スライム』と形容すべきものだった。
「この子、本当に僕達の子供なのか……?」
「そ、そういえば聞いたことあるかも……。私たちジャブジャブの卵からは稀に、私たちみたいなハーピーじゃなくて、『ダンプティ・エッグ』って呼ばれるスライム族が産まれてくることがあるって」
「そうなのか……。まぁ確かに、よく見てみればマリに似ているな……」
産まれたばかりの我が子は、自分がこの世に生を受けたという実感を持てないのか、あるいはそんな思考力すら持ち合わせていないのか、ぼんやりと僕ら二人を虚ろな目で見つめていた。
正直、ハーピーの雛を想像していただけに驚きを隠せない。
とはいえ、どのような姿であろうとも可愛い子供であることには変わりない。僕らはとぼけた様子のリリを愛おしげに眺めた。
「……ぱーぱ、まーま」
リリの口から二つの単語がたどたどしい発音で紡ぎだされる。
「い、今、喋ったよね!?」
「うん! 喋った喋った! パパ、ママって! すごい!」
僕らは愛娘が初めて喋った言葉に感嘆を覚えた。
こう、改めてパパだなんて言われると何だか嬉し恥ずかしである。
「ほーら、おいでリリ〜」
マリが産まれたばかりの我が子を抱きかかえようと、殻の中へと翼を伸ばす。
「ぱぱ〜」
しかし、リリは母親であるマリに目もくれず、僕の方へと飛びついてきた。
リリは僕の胸元に抱きつき、彼女のスライム肌がべったりとまとわりつく。
突然のことで吃驚したが、僕を『ぱぱ』とあどけなく呼び続けるリリに堪らず、頭をそっと撫でた。
「え〜、リリはママよりパパの方がいいの〜?」
自分よりも父親を優先され、口を尖らせるマリ。マリには悪い気もするが、僕は今とっても幸せ者である。
「はは、もしかしてマリの僕への愛情をこの子は受け継いじゃったのかもね」
「むむ! そんな恥ずかしいこと言って、あとで蹴っ飛ばしちゃうんだから」
しかめっ面でそっぽを向くマリだが、顔を赤らめているのを見る限り、満更でもなさそうである。
そんな他愛もないことやり取りをしながら、僕らは朗らかに笑い合った。
これが家庭を持つってことなのかな。なんてしみじみと感傷に浸りながらも、僕は愛すべき者が増えた喜びを噛み締めていた。
――はずだった。
リリは相変
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