「紗木田さんっ! あの、どうか僕と付き合って──」
「ゴメン無理っ!!!」
七戦、七敗。
草木 茂安(くさき しげやす)はその結果を噛み締め、涙を飲むように空を見上げた。
──昼休みにサキュバスの紗木田さんに想いを告白し、玉砕。
その放課後、心なしかいつもより重い通学鞄を手に持ちながら茂安はうつむいて溜息を吐いた。
「魔物娘」という存在が現代社会に現れ、なんだかんだあって適応するようになってからだいぶ経つ。
運命の相手との交わり──ありていに言えばセックス──を重んじる彼女たちのおかげで、
現役高校生のカップル成立率、ついでに非童貞率は以前の比にならないほど上昇した。
茂安はそんな魔物娘社会において、数少ない「非モテ」である。
小学生の頃近所のクラーケンお姉さんに告白し、フラれたのを皮切りに、
同じ委員会の一反木綿さん、よく遊んでいたワーウルフちゃん、バイト先のサイクロプス先輩など、
いいな、と思った女性に積極的にアプローチをかけているのだが、決して「友達」以上の関係には進めずにいた。
そして、今日。サキュバスの紗木田さんで七人目である。
魔物娘の多くは人間に好意的である──という情報をあてにしているわけではないが、
同年代の友人たちが次々と「運命の相手」を見つけていく様子を見ると、
茂安の心には、なんで僕だけ、という思いが沸き上がらないはずもなかった。
「はぁ……」
三度めの溜息をつくと、家についていた。
自室に戻り、制服を着替え、鞄を置く。
自動操縦じみた動きを沈んだ心のままこなすと、四度目の溜息をついて階下に降りた。
気分は最悪。気持ちはどん底。今の茂安を救うのは、物心ついたころからずっと続けている「趣味」しかなかった。
温室の扉を開くと、むっとした暑気が肌全体に舞い込んでくる。
目に入るのは一面の緑。鉢植えの花々もあれば、竹の枠組みに絡む蔓草もあり。それと草花の香りにつられたフェアリーが、何匹かあたりを飛び回っていた。
「植物生育」──植物学者の父から任されている温室の管理は、茂安の長年の趣味になっている。
研究に必要な魔界植物が主な生育対象なのだが、茂安が趣味で買ってきた百合やチューリップ、盆栽なども併せて置かれており、
温室の中は、様々な木々や花々が入り乱れて育つ不思議な世界を形作っていた。
「ほら、水だよ。……うん、だいぶ元気になって来たみたいだ。こっちは……少し元気過ぎるかな。剪定しないと……」
ホースで温室に雨を降らせながら、茂安は植物たちをひとつひとつ観察し、様子を見ていく。
生き物と同じで、植物にも調子の良しあしというものがある。長年生育を続けてきた茂安は、もはや一目見ただけである程度の様子を把握できる優れた観察眼を持つまでに至っていた。
「……はい。お水の時間ですよ、姫」
一通り温室を巡り終えると、茂安は最後に中央にでんと置かれた大きめの鉢に水を向けた。
立派な焼き物の鉢のなか、大きな葉を中心から外側に向けて放射状に伸ばしている、どことなく赤道直下の国々を思わせるような植物である。
その植物は、名前を「リュウゼツラン」という。
中南米を主な生育地とする多肉植物で、その堂々たる様子から茂安は敬意をこめて「姫」と名付け、呼んでいる。
茂安が小学生の頃、父が海外土産として買ってきたのが出会いである。
計算すれば、およそ六年近い付き合いになるだろうか。
リュウゼツランは花を咲かすまで数十年かかり、それまでは緑の葉しかない一見華のない植物である。
だが、それでも茂安はそのリュウゼツランを気に入っていた。
花を咲かせずとも、鉢の上でどん、と構えるこの貫禄。
このリュウゼツランが何年目のもので、あと何年で花を咲かせるのかなんて分からないけれど、
このまましっかりと育て上げ、自分が大人になるころに花の咲くのをを見てみたいな、などと考えてもいた。
翌日、紗木田さんがクラスの男と付き合い始めたのを聞いた。
放課後、他校の男子に絡まれてるのを助けてもらい一目惚れしたのだそうだ。
お幸せに、と誰に言うでもなく呟き、茂安はその日三度空を仰いだ。
早足で帰ったので、その日は溜息二度で家に着いた。
自動操縦に身を任せ、汚れてもいい服装に着替え、階下の温室へ。
今日は蔓草と盆栽の選定でもしようか──と温室に向かう土間の最中で、ふと、いつもより温室に集まるフェアリーが多いことに気づく。
くすくす、くすくすと笑い声。
フェアリー・サーキットを描くように上機嫌で飛び回る彼女らは、みなが一様に
女王様が生まれた。女王様が生まれた。
と、言い交しては笑い合っていた。
なんのことだろう、と思いながら温室の扉を開く。
いつも通りのむわっとした暑気が肌を刺し──そして茂安の鼻孔を、甘い匂いがくすぐ
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