前編

ヴァルキリー。
それは神より使命を賜り、魔を討ち秩序を取り戻す勇者たる存在を育てる者。
彼女らは天界より降臨し、勇者となる天命を背負った者を導く。

しかし──
導かれる者がみな雄々しく、十分な勇気と根気を 備えているとは限らない。



「またいじめられて泣いたのですか、貴方は!」
「うぅ…だって…」

魔物領からほど遠い、片田舎の平和な村。
小さな小屋の中で背を丸めて座る小太りな少年と、彼の向かいに仁王立ちし目を吊り上げるヴァルキリー。
腕を組みその豊満な乳房を乗せながら、彼女は呆れたように少年を叱咤する。

「勇者たるもの、すぐに泣いたり挫けたりしてはいけないといつも教えているでしょう!」
「そんなこと言われても……それに、リリィも見てたんだよね? なんで助けてくれなかったの……」

もごもごと、口の奥で引っかかるような喋り方をする少年。リリィと呼ばれたそのヴァルキリーはそれがまた癇に障り、真一文字に結んだ口を怒りに歪ませた。

「私がここにいるのは、貴方を勇者として鍛えるためです。村の子達に小突かれるあなたを過保護な母のように助けるためではありません!」
「うぅ……」

強い口調で断じられ、少年は更に小さく身を縮める。太り気味な体がさらに丸くなり、その姿はアルマジロか、身を抱えて眠るむく犬のように見えた。
呻くばかりで返す言葉もない少年の姿に、リリィは大きく溜息をつく。

「……いいですか、タブロー。ああしたからかいやいじめは、心を強く持つものには自ずと行われなくなるものなのです。
貴方が悪いとまでは言いませんが、すぐに泣き出し、逃げようとする貴方にも問題はあります。
勇者になる、ならないではなく……一人の人間として、心を強く持ち、どんな時も凛とした態度を保つよう心がけるべきでしょう」
「そ、そんなこと言われても……、僕には無理だよ……」
「……」

目線を逸らして呟くタブローに、リリィは眉根を寄せて口を噤む。僕には無理。タブローが幾度となく口にする言葉であり、それは勇者を育てんとするリリィの心を幾度となく波立たせた。

「……貴方には」

タブローのもとに導かれてからというものの、リリィは何度も彼を鍛えようと試みた。
素振り、戦闘訓練、野駆け。時にはいにしえの英雄譚や人の道を語り、勇者に相応しい資質が身につくよう手を尽くした。
しかし彼は使命を自覚することなく、どんな鍛錬も理由をつけては投げ出そうとし、リリィの語る言葉も身に染み入ることはない。

「……荒療治でなければ、分かりませんか」

そう呟く。
タブローがなにか言おうとする前に、リリィは手を出していた。
彼を突き飛ばし、床に倒す。目を白黒させ、痛みに呻く彼の上に馬乗りになる。彼の両腕を腿で挟んで固定すると、自らの尾骨を鍛錬のかけらもないふくよかな腹の上に乗せた。

「うぅ…っ!」

タブローはそれに抵抗し身をよじるが、四肢に力を込めてもリリィの体は頑として動かない。
彼女は導くべき少年を自らの下に敷き、冷めた目で見下ろしながら言った。

「動かないでしょう?」

タブローの背を冷たいものが走る。
見下ろすリリィの姿は、さながら寝物語で聞いた魔物のように冷酷に映った。

「これが弱いということです、タブロー。……この村が平和だからこそ、貴方も強くあることの必要性を認識できないのかも知れません。
ですが、いずれ貴方が戦いに赴くとき……このように、自分の力を振り絞ってもどうしようもない状況というものが訪れます。
日々の鍛錬は、この状況を突破し、道を切り開くために行うのです」
「うぁ、苦し…っ」

タブローは唯一動かせる首を亀のようににゅっと伸ばすが、そんなことをしたところで状況は変わらない。
リリィはしばらくもがくタブローの姿を眺めた後、腿の拘束を解いてタブローを解放した。

「はあっ、はぁっ…」

息を切らすタブローの姿を黙って眺めた後、リリィはそんな彼に同情も憐憫も向けることなく続けた。

「……貴方には、必死になるということが必要です。明日からの鍛錬に期待しています」

そう言うと、リリィの姿は霧のようにかき消える。



部屋に一人残されたタブローは目尻に涙を浮かべながら、自分の腹をひと撫でした。

──近かった。

そんな思いが胸に残る。
節制と禁欲を旨とするリリィは、今までその麗しい鎧姿をあらわにしてはいたものの、タブローの身体にみだりに触れてくることはなかった。
そんな中、先ほどタブローが見た景色である。
丸みを帯びた女性のお尻が自らのお腹に接し、そして村の女性など比べるべくもないような豊満な乳房が手の届くような眼の前にある。
もう少し首を伸ばせば頭で胸に触れられそうだったあの光景を思い出し、タブローは思わず身をよじった。

「うぅ……リリィ……!」

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