まず5円玉を一枚用意します。
次に5円玉の輪っかの中に紐を通します。
そしてそれを相手の目の前でゆらゆらさせます。
「さいみんじゅつー」
「……ひょっとして、バカにしてる?」
めっそうもない。
そう僕が首を横に振ると、彼女は呆れたとばかりに大きなため息を吐いた。
綺麗な赤い一つ目からはジトーっとした視線。
相変わらずの可愛らしい仕草に、僕はついニヤニヤとした笑みを漏らしてしまう。
だけど彼女は僕のニヤニヤを違う意味で受け取ったようで。
「何させられたい? まな板の上のコイごっこ? 荒ぶる鷹のポーズ?」
「あ、ちょっ、止めて。暗示をかけようとするのは止めて」
瞳が妖しく輝きかけたところで、僕は今度はヘコヘコと頭を下げた。こういう場合は謝るに限る。
なにせゲイザーである彼女の暗示にかかれば、自分のことを動物だと錯覚させるなんてお茶の子さいさい。
前に彼女の機嫌を損ねてしまった時なんて、僕はアシカの物真似をする羽目になってしまったのだから。
「君のことバカになんてしてないよ、ホントだよ。ただ君が可愛いなーってニヤついただけで」
「な……っ!? もうっ、またそんなこと言って……!」
彼女がぷいっと赤い顔を逸らすのも、これまたいつもの光景。
それにしても彼女は、いつまで経っても『可愛い』の言葉になれない照れ屋さんである。
もっと自分が世界一可愛いことに自覚を持っても良いのに。
「ところでさ」
「うん」
「アタシに催眠なんてかけて、いったい何をさせるつもりだったのさ?」
僕が5円玉をブラブラさせていたら、彼女はまた少し訝しげな眼で尋ねてくる。
言われてみれば、何をさせるつもり、というほどのこともなく。
ただ単純に面白そうだからやってみただけで、これといった意味もなく。
「考えてなかったなぁ」
「はぁ……呆れた」
「でもさ、今思いついたのは」
「うん」
今思いついたのは。
本当に思いつきで、深く考えたわけでないんだけれど。
だけど、僕の素直な気持ちであって。
「――もっと僕を好きになって、かな」
「なぁ……っ!?」
さて、それを言ってしまったところで、彼女の顔がさっきより真っ赤になってしまった。
口もパクパクとして……あ、まな板の上のコイ。
なんて、そんなおバカなことを思ってニヤニヤと、彼女の可愛い顔を眺めていたら。
正気に戻った彼女がキッと、赤い顔と赤い瞳をこちらに向けて、僕の頬を勢いよく引っつかんだ。
「覚悟できてるんだよねぇ……っ!?」
「あっ、いやっ、ちょっと待って!?」
ま、マズイ……! 今度こそ荒ぶる鷹のポーズを写真に収められてしまう……!
そう慌てふためく僕の顔を、彼女はグイと引き寄せた。
魔力の満ちた瞳が、キラリと妖しく輝く。
そして彼女が僕に、顔をゆっくりと寄せると。
「――んっ……!」
「――っ!?」
――キス?
思ってもみなかった突然のキスに、僕の心臓は一際大きく跳ねる。
ドキドキが加速度的に増して、バクバクに変わっていき。
「……ねえ」
しばらくの間つながっていた唇を、そっと離した彼女は、照れたような笑顔を浮かべ――
「アタシのこと――もっと好きに、なった?」
そんなの、もちろん。
もうドキドキのし過ぎで、まったく言葉になんてならなくて、頷くだけしかできないけれど。
こんな素敵なことされて。
こんな素敵なことを言われて。
君のことを好きにならないはずがないじゃないか。
大好きな君のことを、もっと大好きにならないはずが、ないじゃないか。
「えへへ……いい気味っ」
してやったといった笑顔に変わった彼女の顔は、だけどずっと真っ赤なまま。
僕の方は熱く火照った頬を、彼女の触手に小突かれ、されるがまま。
こうして今日も僕は、彼女と一緒の時間を二人で過ごしながら。
毎日毎日、好きだって気持ちの最高記録を更新させられている。
おしまい♪
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