わが家には妖怪『枕隠し』が住んでいる。
枕隠しは、俺の居ない間に俺の部屋へと勝手に侵入し。
そして押入れにある俺の枕を見つけると、自分の寝床へと運び去ってしまう、非常に面倒な妖怪だ。
しかも、ほぼ毎日。
毎日毎日、飽きもせず、俺の枕を持っていく。
そのため俺は自分の枕を奪還すべく、毎夜枕隠しの住処へと乗り込んでいくのだが――
「おい、枕隠し。俺の枕を返せ」
「やぁです、お兄様」
「いいから返せ」
「やぁです」
「返せって言ってるだろ」
「やぁです、ウチは絶対にやぁですぅ……」
俺の足元で、布団に包まりながらイヤイヤをする、狐耳と尻尾の生えた美女。
これが枕隠し――別名『俺の妹の稲荷』だ。
枕隠しはこんな風に、俺が枕を取り返そうとする度、枕を返すまいと頑なに抵抗するのである。
更に性質が悪いことに、いつも泣きそうな顔で。
それからしばらくイヤイヤをすると、枕隠しは決まって次の行動に移る。
目に涙を溜めながら、俺の枕を布団から取り出し、自分の枕の横に置き。
ちょうど人が一人分入れそうな空間に、布団を開くと。
その空間を、ポンポン。
ポンポン、ポンポンと、手で叩く。
「……それは何の真似だ?」
「こっち、です。お兄様は、こっち、です」
これは枕隠し、第二の習性だ。
枕隠しは一人寝を嫌がり、常に同衾する相手を求めるのだ。同衾対象、俺限定。
なので枕隠しは、他人の枕には目もくれない。必ず俺の枕だけを盗み去っていくというわけである。
……まるで行動が幼児そのままである。
「お前、今年でいくつになったっけ?」
「結婚できる年です……お兄様と」
確かに、枕隠しは昔と比べてちゃんと大きくなった。
着物姿が『可愛い』でなく『綺麗』になったと、兄の目からも素直に思っている。
ただし、成長しているのは見た目だけ。
どうやら枕隠しは中身が幼児期から成長しない生き物らしい。
こいつが一人寝できないのは、10年も前から全くと言って良いほど変わってないからだ。
「添い寝は中学生になったら卒業じゃなかったのか?」
「やぁです……お兄様が一緒じゃないと、ウチは寂しくて眠れません……」
過去、俺もこいつが自分だけで眠れるようにと、その独り立ちを促したこともあった。
その結果はご覧の通り、完全なる失敗。
ご丁寧に、学校行事等で俺から離れるときになど、俺の枕を持参して使うという深刻っぷりである。
ならばと、俺も心を鬼にしてより厳しい態度を取るようにしてるのだが。
「……お前の言うことは分かった」
「お兄様……っ!」
「それじゃ、俺はソファーのクッションを枕代わりにするから」
「――っ!?」
「俺の枕は好きにして良いぞ。ていうかお前にやる」
明るくなりかけた表情が一転、絶望に叩き落される枕隠し。
「そういう事で。お休みな」
「ぁ……ぁ……」
手を振って、俺が自分の部屋へと踵を返しかけると。
遂に枕隠しの行動は第三段階へと移る。
……これがまた、非っ常に厄介なのだ。
「うっ……ひっく……ひぅっ……」
「やぁです……やぁですぅ、お兄様ぁ……行ったらやぁですぅ……」
「ウチを一人にしたらやぁですぅ……」
「お兄様ぁ、お兄様ぁ……」
枕隠しは俺の枕を抱きしめ、そこに頭を突っ込みながらうずくまり。
シクシクシクシク、今度は本当に泣き出すのである。
身体を小さく震わせ、尻尾がパタン、パタンと哀しそうに布団を叩き。
嗚咽を漏らして、俺のことを呼び続ける。
ウソ泣きかと疑った時期もあったが、残念ながらそんなことなく、正真正銘のガチ泣き。
……まだ小さな頃ならともかく、流石に俺もこれには若干、ガチ引きしかけている。
けれど、ここまでされると俺の方も、あまりに憐れというか、罪悪感というか、そんな感情が湧いてきてしまって。
ここで、俺は枕隠しに屈してしまうのだ。
「……本っ当にどうしようもないヤツだな、お前は」
枕隠しの所に戻って、俺を見上げたヤツの眼を拭って、ヨシヨシと頭を撫でてやって。
「ほら、俺の入れるところを作ってくれって」
「……っ! はいっ、お兄様っ!」
花の咲くような笑顔になったのを見届けて、俺は同じ布団に入ってしまう。
……我ながら甘いとは思うのだけれど、仕方がない。
「じゃあ今度こそ、お休みな」
「やぁです、やぁですぅ」
「この期に及んでまだ何か言うのか?」
「お兄様、ウチに背を向けたらやぁです。ウチのことを見てください……」
「…………」
もはや言い返す気力はなく、俺はヤツの言うとおりに向き直る。
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