メイドさんを怒らせてしまった。
 喧嘩……ではないと思う。僕は全然怒っていないし。困ってるけど。
 原因の方も、僕からしたらよく分からない。
 ただ彼女の仕事が楽になるように、料理から掃除・洗濯・買い物まで、全部 やっていただけなんだけど……。
 そうしたら、怒られた。
『どうしてメイドの仕事を取ってしまうんですか』って、涙目で。
 それが昨日の話で、謝っても彼女は許してくれず、今に至っている。
「さて、どうしたものかな……」
 二人分の朝食の支度を終えて、僕は思わず独り言を呟いてしまう。
 今朝はメイドさんが起きてこなかったのだ。
 普段だったら僕を起こそうと、必ず部屋にやって来るんだけど、それが無かった。
 ついでに言えば朝食の準備もされてない。
 彼女が来てから初めての事態に、ひょっとしたら体調が悪いのではと不安になってくる。
「ごめん、入るよ……?」
 心配なので、ちょっとマナー違反だけど彼女の部屋に入る。もちろんノックはした。
 彼女はベッドの中にいて……寝てる、のかな? うーん、どうなんだろう……。
「えっと、起きてる……?」
――ポフッ。
 布団から覗いたモフモフ尻尾が垂らされて、ベッドの端を叩いた。
 ……ひょっとして返事なんだろうか。判断に困るなぁ。
「もしかして、具合が良くないの?」
――フルフルフルフル。
 今度は尻尾が横に揺れた。
 あ、これは起きてるんだな。便利だね、尻尾サイン。
「それじゃあ、朝ごはんの準備ができたんだけど、一緒に食べな――」
 と言いかけたところで、彼女が布団にくるまったまま、こちらを振り返った。 
 ジッと咎めるような視線と、後ろに倒れた大きな耳。 
 どう見てもふてくされてる様子だった。
「……そうやってご主人様は、メイドがいなくても平気なんですね」
「いや、とんでもないよ。君がいないと僕は何もできないって」
「ご主人様は嘘ばっかりです。だから、メイドは決めたんです……!」
 メイドさんは目元まで布団を被り直すと、拗ねた声を上げる。
「今日からメイドは悪いキキーモラ、ブラックキキーモラになります!」
「……へ?」
 ぶ、ブラックキキーモラ? 何それ?
「ブラックキキーモラは、ご主人様を起こしに行ったりしません! ご主人様に起こしてもらうまでお寝坊さんをしてしまいます!」
「えっと、その……」
 何を言っているのか良く分からないけど、メイドさんがますます怒ってしまったのは間違いないようだ。
 とりあえず起きてもらわないと……せっかく二人で食べるつもりで、ごはん用意してあるんだし。
「それじゃあ、起こしに来たから、一緒に朝ごはんを――」
「ブラックキキーモラはただでは起きません! ブラックキキーモラは、ご主人様に……!」
 僕の言葉を遮るメイドさん。
 そろそろと布団から顔を出し……上目遣いでこっちを見てて。
 それで、しどろもどろになりながら、一言。
「お、おはようのキスをしてもらわないと……起きません……」
 え?
 キス?
 おはようのキス?
 マジで?
「あの、それは流石に……!」
「キスしてもらわないと、ブラックキキーモラはずっとお寝坊さんしてますっ! 朝ごはんだって食べませんっ!」
 慌てる僕の言葉を聞きませんとばかりに、またも布団を被って尻尾をバタバタさせるメイドさん。
 これは……どうしたものか。
 キスって、めちゃめちゃ恥ずかしいのだけれど。
 でも言うとおりにしないと、メイドさんは納得してくれなさそうだし……。
 数秒、葛藤。
――チラッ。
――チラッ。
 と、二人で顔を赤くしながら、目線が合って。
「あの……おデコで良い……?」
 なんとか僕が妥協点を見つけると、メイドさんはコクンと首を縦に振った。
「それじゃあ、いくよ……」
「はい……!」
 僕もメイドさんも緊張で固くなりながら。
 だけれど、そっと彼女の小さな額に、僕は唇を寄せていき。
 そして――
「んッ……!」
「ひゃッ!」
 唇が触れると、メイドさんは小さく、可愛らしい悲鳴を上げた。
「あぅ……」
「ひゃぅ……」
 なにか、まるで二人で、本当に唇同士でキスをしたみたいに。
 僕らの顔が一層、真っ赤に染まっていく。
 もう、お互いに相手の顔が見れなくなってきて、視線も下を向いてしまって。
「……これで、起きてくれる?」
「はい……メイドは起きまふ……」
 するするとベッドから降りてくるメイドさんの手を取ると。
 僕らは二人、アツアツに顔を火照らせたまま。
 ちょっと冷めてしまった朝食の待つ、食卓に歩いていく。
 まあ、でも。
	
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