彼女はゲイザーである。
ゲイザーは得意の催眠術を始めとして、様々な魔術に秀でた種族だ。
普段彼女が空中を浮いていられるのも、その魔術の内。
もちろん自分だけでなく、他人を浮かばせることだってわけはない。
……というわけで。
「……ねえ」
「んー?」
彼女はベッドに大の字で横になったまま、ずいぶんと気の抜けたような声で返事をした。
その赤い瞳がぼんやりと見つめる先には、空中を浮かんでいる僕の姿がある。
僕は今、中に浮かんでいる。
ぷかぷか、ぷかぷかと、まるで子供の風船みたいに。
「何してるの?」
「んー」
またも気のない言葉を返し、彼女は触手で僕のことを小突き回していた。
抵抗のない僕の体は、彼女にされるがまま。
くるくるとスローモーな動きでベッドの上を回転させられたと思えば、今度は逆向きにくるくるくるくるローリング。
視線は天井と彼女を交互に繰り返し。
それを止めようと彼女に手を伸ばせば、彼女はその手を「んー」と押し返してくる。
流されてしまった僕は、天井を蹴って身を反転させた。
「楽しい?」
「んー」
三度目の空返事。だけどそれには肯定の意味がちゃんとあるんだろう。
相変わらず彼女は、思うように動けない僕を弄り回していて。
表情を伺えば、唇の端っこがちょっぴり上を向いている。
「ねえ」
「んー?」
「下ろしてくれない?」
「んー」
可愛らしく首を横にふりふり。
彼女にしては珍しめの、素直で自然体な時の仕草だ。普段だと彼女のガードを突き崩さないと拝めない感じの。
……彼女、相当ゆるゆるしてるってことじゃないか?
「……今のイヤイヤ、可愛いね」
「んー」
僕の発言もあっさりと「んー」で返されてしまった。
いつもなら「なに言ってるのさ……!」なんて言って、ぷいっと頬を赤く染めるはずなのに。
ほんのちょっぴり驚愕している僕の手足を順番に突っつき、空中で操り人形みたいに変なダンスを躍らせる彼女。
これはもう、今の彼女には何を言っても無駄かもしれない。
ていうか、無駄だろう。全部が全部「んー」で終わる。
僕が本気で嫌がれば話は別なはずだけど、そんなことがあるはずもなく。
好きなように遊ばれながら「やっぱり彼女は可愛いなぁ」なんて思っているところなのだ。
実にアホとしか言いようが無い。うん、アホだ。
だけど、アホで良いと思う。
「えい」
「んー」
「この」
「んー」
「うりゃ」
「んー」
僕が懸命に彼女へと手を伸ばす。
彼女はそれに捕まるまいとベッドを転がる。
こんなアホみたいな攻防も、僕らの大事なコミュニケーションのうち。
この何気ない日常の一つ一つが、僕らの“好き”になっていって。
その“好き”がたくさん集まって“大好き”を作っていって。
“大好き”が零れるぐらいに溢れて、“愛してる”が生まれていく。
それがきっと、僕と彼女の関係。
これから先もずっとずっと続いていく、二人の関係。
「……負けた。僕の負け」
「んー♪」
しばらく経って、結局僕は彼女を捕まえることはできず。
ギブアップの宣言をすると、彼女は満足そうな声を上げた。
そして、僕の手を掴んでぐいと引き寄せると。
「わっ」
「んーっ♪」
そのまま僕のことを、ぎゅっと力強く抱きしめた。
まだ重力の働いてない僕の体を捕まえるみたいに。
奇妙な浮遊感と、彼女の温かさに包まれながら、僕の方も彼女を抱きしめ返す。
「んー」
「んー」
二人で顔を見合わせてから、笑って口付けを交わし、また笑いあい。
ふわふわの中で彼女と抱き合いつつ。
僕は、僕らは決してアホなんかじゃなくて。
正真正銘、どこに出しても恥ずかしくないバカップルなんだろうなと。
そんなことを頭の片隅で考えていた。
おしまい♪
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