チョコレートケーキ。
 チョコは舌がとろけるくらい甘くて、生地はふんわり優しくて、それでいてクリームがしっとり。
 甘くて、おいしくて、素晴らしい。
 その素晴らしいケーキを食べることは、すごく幸せだ。
 だから僕は、その幸せを彼女にお裾分けしたいのである。
「はい、あーん」
「……なにしてんの?」
 大きな一つ目でこちらをジトっと見つめてくる、彼女はゲイザー。
 ちょっと意地悪で、恥ずかしがり屋さんでもあって。
 だけど本当はとっても優しい……僕の大好きな子。
 そんな彼女の前に、僕はケーキを一切れ差し出して。
 あーん。
「おいしいよ?」
「……やめてよ、もう。そういうの」
 視線はすくったケーキの先と僕を交互に行ったり来たり。
 彼女はチョコレートケーキに口をつけようとしない。
「おいしいよ?」
「だったら自分で食べちゃえば良いじゃん」
「あーん」
「だから、そういうのはやめてって……」
「あーん」
「聞いてるの?」
「おいしいよ?」
 そう、おいしい。
 チョコレートケーキはおいしいのだ。
 幸せになれる甘い味。
 それを彼女にも味わってほしい。
 幸せになってほしい。
 大好きな、彼女に。
 だから、あーん。
 あーん。
「ねえ」
「あーん」
「ちょっと」
「あーん」
「いいかげんに」
「あーん」
「……分かったよ、もう」
 観念して、彼女はちょっとだけ口を開く。
 恥ずかしそうに、ちょっとだけ。
 だけどちゃんと、ケーキが口に入るように。
「あ、あーん……」
 ギザギザの歯をした口に、チョコレートケーキを一切れ。
 あむっ、と彼女はそれを口に含む。
 すると、彼女の目も、頬も、すぅって溶けるみたいに緩んでいって。
「……甘い」
 彼女に、幸せが届いた。
「おいしい?」
 僕が聞くと、彼女はこくんと首を振った。
 それから、お皿に乗っているケーキをじっと見つめてきて。
 僕は彼女を、もっと幸せにしたくなる。
「あーん」
「あーん……」
 また彼女の口に入っていく、幸せのひとかけら。
 あむっと、すぅっと、彼女の嬉しそうな表情。
 それを繰り返すたびに、僕も自然と笑顔になってくる。
「ねえ」
 彼女の手が、僕の手に重ねられて。
 フォークを取って、チョコレートケーキをひとすくい。
 それを、僕の前に差し出した。
「あーん」
 あ、どうしよう。
 恥ずかしい。
 自分がされる側だと恥ずかしい。
「おいしいよ?」
 唇のはしっこを上げて、彼女が僕を見つめてて。
「あーん」
「あーん」
 観念して、口を開く。
 あむっと、ケーキを一口。
 広がっていく幸せの甘み。
 おいしい。幸せ。
 また彼女に、僕から幸せをお裾分け。
「あーん」
「あーん」
「幸せ?」
「幸せ」
 胸がいっぱいになる、この瞬間。
 今、彼女といる時間。
 かけがえのないひととき。
「おいしいね」
「そうだね」
 やっぱりチョコレートケーキは素晴らしくて。
 そんなケーキを食べることは幸せで。
 それから。
 彼女が幸せでいてくれる。
 それが僕にとっての幸せだ。
	
		
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