夜遊び

現在の時刻午後8時。大して家具の無い部屋にカリカリとペンが走る音だけが響く。
勉強、それは僕に課せられた呪い、僕はきっとこれからもずっとその呪いに縛られるのだろう。

「おい」

不意に後ろから声が聞こえてくる。ガチャリとドアを開けたのは僕の父親、呪いの元凶。

「どうだ、勉強は」
「今日の分はもう終わってる、今は明日の予習中」
「ふん、及第点だ」

このクソ親め…どうせどう言ったって合格点は出さないじゃないか。

「これからも勉強に励むように」
「分かってるよ」

僕と父さんとの会話は常にこれ位。そこにはきっと親子の関係は無く、指導者と教え子の関係しかないのだろう。

父親は大学教授、それも都内有数のだ。

「いつか見返してやる」

その為にも俺は勉強をしなければいけない。

それから2時間後、明日の予習に今日の復習をおおよそ終わらせた頃にはもう既に11時を大きく回っていた頃。まずい、そろそろ行かなければ。

父さんはこの頃にはもうすっかり深い眠りについているので僕が出歩いてるのには気が付いてない。

外に出ると一目散に路地裏に入る。何度か曲がった頃から建物の雰囲気が変わりだし、本で見るようなファンタジー風の建物に変わる。


そこの路地から脱出するとそこには東京の街ではなく、おとぎ話の城下町となっていた。
東京と同じなのは朝ではなく夜であることくらいだろう。

僕はそこから少し歩き1つの広場のベンチに腰掛ける。暫くすると暗闇から人影が現れる。

「遅かったじゃないか」
「ご生憎様アンタみたいに暇じゃあないんだ」

夜の闇をそのまま布にしたかのように真っ黒のマントに、シャンパンゴールドの髪をしたこのいかにも怪しそうな女性はライラ、ヴァンパイアらしい。

「酷いわね、私だって忙しいのよ」
「そうか、じゃあ急ごう。今日もあそこでいいか?」
「えぇ」

俺とライラが出会ったのは3か月前。俺が偶然ここに迷い込んだのがきっかけだ。

僕とライラは広場から少し離れたカフェに入る。なんで夜にカフェが開いてるのかと言うとここは常に夜の国らしい。なんでも力を持ったヴァンパイア。と言うかライラ自身が統治する魔界らしい。

「僕はエスプレッソを頼む」
「私はカフェオレ、この日替わりケーキも一緒に頼むわ」
「はーい。てんちょー、エスプレッソとカフェオレ、日替わりケーキ入りまーす」

注文をし終え改めて彼女を見る。容姿は良いな、容姿は。性格はともかく。

「そんなにじろじろ見ても何も出ないわよ」
「あんたから出たものだなんて怖くて受け取れねえよ」
「ここに来た時よりだいぶ言うようになったじゃない」
「誰のせいか。それより、約束の物を持ってきたぞ」

肩掛け鞄から一冊の本を取り出し彼女に手渡す。それは東京では普通の本屋に売っている恋愛小説。

「今日はどんな内容な物なのかしら?今からわくわくするわ」
「さぁ、僕は買ってるだけですから」

ぺりぺりと放送のビニールをはがすライラを横目に鞄から勉強セットを取り出す。ライラに恋愛小説を渡し、それを読み終わるまで俺がここで勉強する。それが俺たちの日課。

彼女は本を読むのが特別早いらしく1時間もしないで読み終わってしまう。それまでに目標の所まで終わらせられるか俺はひそかに勝負している。

今日もすぐに読み終わるライラ。俺はと言うと、何とか終われさせる事が出来た。

「それじゃあ、その本の代金とここの会計頼むぞ」
「はいはい、最近の若者ってのはお金にタイトねえ…」
「こっちは何するにも金が要るんだよ」
「はいはい、これ代金ね」

そう言って1000円を渡される。少し多いのは手数料らしい。

「それじゃあ、俺はこれで」
「そう、じゃあ最後にいつもの」

ライラは僕があっちの世界に変える時、いつも俺から吸血をする。

「それじゃあ、また今夜」
「あぁ」

また路地に入り暫くすると僕はまた東京に戻ってくる。

現在時刻は午前1時くらい。高校生はもう補導される時間なのでさっさと家に帰る。

「ただいま」

反射的にポツリと呟く。勿論帰ってくる言葉はない…と思っていた

「おい」
「なんで…お父さん」
「それはこっちの台詞だ。何処に行っていた」

なんで!?どうして父さんが?

「どうしてって顔をしているな。物音がしたと思って部屋を出たらお前が家から出るのを見てな」
「お前には失望したよ…夜遊びをしている暇があったら勉強をした方がいいとなぜわからん」
「どこの不良といるかは知らんがすぐに関係を絶て」
「あいつは…ライラはそんな奴じゃ…」

ライラの名前が出るなり父さんは顔をしかめる。

「女と一緒に居るのか…しかも外国人に…」
「あいつは父さんが思ってるような奴じゃない」
「ありがたいわねぇ、そう言って貰って」

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