少年はローカル電車のガタンゴトンという小刻みなリズムに揺られている。次第に弱くなっていく電波に早々に見切りをつけ、シャツのポケットにしまった。窓枠に肘を付け窓の外の景色でも楽しもうと思ったのか、しかしそこに広がっているのは山、山、たまに田んぼがあると思ったらまた山と何も変わり映えの無い景色のみ。
ちらりと見た腕時計は午前11時を少し回ったところを指している、この電車が目的地に着くまではまだあと1時間近くある、することもない少年がボーっとしていると頭の中に母親との忌まわしき記憶が浮かんできた。
「お父さんとお母さんは8月から二人きりで旅行に行くから」
「は?」
母からのあまりに急な、そして破壊力抜群な言葉に俺、佐久間幸人の頭の回転は完全に停止した。それでもその言葉の意味を理解した途端次の懸念が頭の中浮かんできた。
「その間俺はどーすんだよ」
そう言うと母は
「安心して頂戴、私たちが言ってる間はおばあちゃんが面倒見てくれるらしいわ」
おばあちゃんの所…確かここからバスと電車で4時間くらいかかるド田舎だったはず…
「あんたどうせ夏休みは家でゴロゴロするつもりだったんでしょ?だったらたまには 孫が元気な姿でも見せに行きなさい」
「嫌って言ったら?」
「1ヶ月間ホームレス」
有無を言わせないつもりの母親との交渉は無駄だということを察した俺は親からのお小遣い1万円をもって祖母が住む白羽村に行く事となりました。
そんなことを考えてるうちにウトウトし始め、気が付けば時計の針は12時を指そうとしていた。
「次は〜白羽村〜白羽村〜」
どうやらウトウトしてるうちに目的地に着いたようだ、運転手に切符を渡して駅のホームに出る。
「確か母さんが駅でばあちゃんが待ってるはずなんだが…」
「あ、あの」
その時、後ろから不意に声をかけられる。老人のしわがれた声でもなく、男の声でもない。若い女性の声だ。
「え、あぁ。こ、こんにちは」
そこにいたのは声から想像したより数倍はかわいらしい女の子がいた。亜麻色の髪はショートカットで先端が風になびいている、少し日に焼けている健康的な肌、まるでトパーズのように美しい目。
服装は黒を基調としたドレスの上に白のエプロンを付けたいわゆるメイド服だった。
あまりに現実離れした美貌と今まで生きてきた17年の中でテレビや本の中でしか見た事の無いメイド服を身に着けている少女はまるで物語の中から出てきたようだった。
「私の顔に何かついてますか?」
「あっ、いや。大丈夫ですよ」
「そうですか」
どうやら見とれすぎていたらしい、気を付けなければ。
「あなたがおばあ様がおっしゃっていた幸人さまでしょうか?」
「どうして俺の名前を?」
「申し遅れました、私はあなたのおばあ様である幸子さまの身の回りのお世話をさせてもらっているエアリスと申します。」
と言うとエアリスさんは頭を下げた、つられて頭をさげる。
「幸人さまの事は幸子さまと美幸さまから聞いております。短い間ですが、何卒よろしくお願いします」
「いえいえ、そんな俺なんかに丁寧にあいさつしなくてもいいですよ」
「いえ、幸人さまには大変大きな御恩がありますので」
御恩?エアリスさんとはたった今初めて会ったはずなんでけどな。こんな美人一目みたら忘れないと思うし。
「あの、その俺にある恩って…
そこまで言った時だった、不意にエアリスさんが近づいてきた。彼女の匂いがふわりと舞い俺の鼻孔をくすぐる。彼女の細い女の子らしい指が僕の口を塞ぐ。
「それはまだ秘密です。さぁ、ここでずっと立ち話していると幸子さまが心配してしまいます、そろそろ行きませんか?」
「あぁ、はいぃ…」
8月1日 幸人とエアリスの夏が今始まった。
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