メドゥーサ・ヘアーカット




「……ねぇ、ちょっと聞いていいかな?」
「…………何よ、藪から棒に」

唐突な僕の発言に、彼女は眉を顰めた。……分かってはいたけれど、若干棘のある声に、チクリと胸が痛んだ。

「……その、前から気になってたことがあるんだけど……」
「……?」

子供の頃、メドゥーサという存在を雑誌で始めて目にした時からどうしても気になっていることが一つ、僕にはあった。だから、そのメドゥーサである女の子がすぐ隣にいる今、長年抱いてきた疑問を解消するチャンスだと思った僕は、折角だからそのことについて聞いてみることにした。

「君のその髪って、どうなってるんだ?」
「……はぁ?」

訝しげな声が、彼女の口から漏れた。「何言ってんだこいつ」とでも言いたげなジト目が僕を貫き、綺麗な濡れ羽色に染まるロングヘアの先、こちらは深い碧色をした数十匹もの蛇達も全員がそれに倣う。……質問の内容が少し大雑把だったかもしれない。

彼女は、メドゥーサの蛇ノ目(じゃのめ)さん。知っているのは苗字だけで、名前の方は……何処かで聞いたかもしれないけど、覚えてはいない。というのも、実の所彼女とまともに会話するのはこれが初めてで、これまでは一言二言挨拶を交わす以外の接点が無かったためだ。

蛇ノ目さんとの関連性は、同じ大学、同じ研究室の同じ学年の生徒、というたったそれだけのものでしかない。実際今日に至るまで、彼女の僕の中での存在感は極めて薄く、曖昧なものでしかなかった。精々が初めてその姿を見た時に、「うわーメドゥーサだー、本当に下半身と髪の毛が蛇なんだー」程度の幼稚な感想を抱いたくらいか。その時にジロリと睨み返された上、他の生徒と比べてかなりキツい雰囲気を纏っていたため、その後こちらから話し掛けようという気にはなれなかった。

そんな彼女と今こうして一緒に居るのは、研究で同じ題材を扱う者同士パートナーを組むことになったから、だ。現在は大学にある図書館で研究に関する調べ物の途中であり、同時に、図書館内に併設されている休憩室のベンチで小休止をしている最中でもあった。

……「私に関わるな」と言わんばかりの無言の圧力、そしてこちらを品定めするかのような蛇達の視線や挙動に耐えかねて休憩を申し出たまでは良かったけど、まさか逃げた先の休憩室でバッタリ出くわすとは思わなかった。彼女の行き先くらい把握しておけよ僕、と、思わず自分にツッコミを入れずにはいられなかった。勿論、顔を見たら即退出、なんて失礼極まりない真似は出来なかったから、今もこうしてこの場に留まっている。

とはいうものの……この休憩室は決して広い訳ではなく、ベンチも一つしかない。自然、二人で同じベンチに座る形となる。他に人も無く、気の知れない相手と狭い室内に二人きり。彼女との距離感を図りかねて、結局、調べ物をしていた時と同じくらいの間隔、大体人二人分くらいの間隔を開けて座っている……けど、この何とも言えない微妙な距離感が酷くいたたまれない雰囲気を醸し出していた。休憩室内には、隅の方に据え付けられた自販機が発する低い駆動音だけが響いている。正直、居辛い。

かといって、今更休憩室を出て行くのはあまりに彼女の心象に悪い。どうせなら、ここで何かしら会話をしてある程度親睦を深めておこう。そうした方が今後のためだ。そうだ折角だから、かねてからの疑問を話のとっかかりにしてみよう。そう思い至ったのが、蛇ノ目さんと今こうして会話をしていることのきっかけだった。

「どうって……蛇、だけど?」
「……ごめん、聞き方がすごく悪かった」

数ある蛇の内の一匹を自分の手に絡ませつつ、不思議そうにそう答える蛇ノ目さん。案の定、僕の質問の意味が分からなかったらしい。確かに先ほどの質問では何のことやらさっぱりだっただろう、そう反省して、今度は台詞を頭の中でしっかり整えたのち、もう一度彼女に問いかけた。

「君の髪って、どうやって散髪してるのかなって。メドゥーサだって、髪は伸びるんだろう?」

初めて蛇ノ目さんを目にした時、彼女の髪は(蛇も含めて)肩口くらいまでのセミロングだった。そして今は、背中まで届くロングヘア。つまり彼女の髪は確かに伸びている。しかしながら、彼女の髪の毛の大部分はまるで本当に生きているかのように蠢く蛇達で構成されている訳で。あの蛇達を切らずに一体どうやって散髪しているのか。何か特殊な技術が必要なのか。それが、僕が子供の頃からずっと抱いてきた疑問、というやつだった。

「……質問が、さっきと全く違うわよ」
「うん、それは僕も思った……」
「……そもそも、何でそんなこと知りたがるのよ。単なる暇潰し? それとも一時の興味本位? そんな下らない理由なら、わざわざ教える義理なんてないわ」
「……えー、と」

ツンとして顔を背ける蛇ノ
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