時刻は、日もすっかり西へと傾いた夕暮れ時。
「じゃあ、また明日っ! バイバイ、ワンダちゃん!」
「うん、また明日、リリィちゃん!」
学校が放課を迎えて、歩き慣れた通学路を下校している最中のわたしは、学習鞄をブンブンと頭の上で振り回しながら元気に別れの挨拶を送ってくる友達に、小さく手を振り返しました。
“アリス”であるわたしと、“サキュバス”であるリリィちゃん。
種族的に近しくて、また同じクラスで席も隣同士なわたしたち二人は、普段からとても仲良しです。帰り道も途中まで同じなので、学校が終わるとよくこうして一緒に下校したり、近くの公園に遊びに行ったりしています。
わたしはあまり体力が無いので、元気いっぱいのリリィちゃんと遊ぶのは少し疲れます。けれども、いつも楽しそうなリリィちゃんを見ているとこっちまで楽しくなってくるので、一緒にいて飽きることはありません。
リリィちゃんの背中を見送ったあと、さぁわたしも帰ろうと、自分の行く道に歩を進めます。
「……あ、そだ! あのね、ワンダちゃん!」
「え、なあに?」
そのとき、なにやら思い出した様子のリリィちゃんの声が、わたしの足を引き留めました。
びっくりして振り向いたわたしにパタパタと駆け寄ってきた彼女は、内緒話をするように、そっとわたしの長い耳に唇を寄せて。
「今日教えたげたアレの感想、あとで聞かせてね……♪」
「……えっ!? あ、う、うん……やってみる……」
「わたしもマサヒコがお仕事でいないときに、マサヒコのことを考えて“そうなっちゃった”ときは、いっつも一人でシちゃってるの。……だから、効果は実証済み、だよ♪」
リリィちゃんの言う“マサヒコ”さんというのは、リリィちゃんの恋人さんです。
以前リリィちゃんがここからずっとずっと遠い国で迷子になったときに助けてくれた人らしくて、今では彼女が大人になったら結婚する約束をしているくらいラブラブなんだそうです。なんだかおとぎ話に出てくる騎士様と王女様みたいで、少し憧れます。
ぴょんと一歩離れたリリィちゃんは、にひひと悪戯げに笑って。
「だから、ワンダちゃんが“お兄ちゃん”のことを考えて、“オカシク”なっちゃったときも……ね?
#9829;」
「わ、わっ。言っちゃダメだよぅ……!」
「むぐぅ」
リリィちゃんの口から飛び出た言葉に、わたしはなんだか急に恥ずかしくなって、リリィちゃんの口を慌てて塞ぎました。
わたしの顔はたぶん、真っ赤っかになっちゃってると思います。西の空で同じように燃えてる夕日が、ほっぺの色を隠してくれてるといいんだけど。
「ぷはっ、まぁ、話はそれだけ! じゃ、今度こそバイバイっ♪」
「ば、ばいばーい……」
リリィちゃんは元気いっぱいにぶんぶんと手を振りながら、跳ねるように道の上を駆けていき、すぐに並木の陰に入って見えなくなりました。
マサヒコさんに会うのが楽しみで仕方がないのでしょう、翼と尻尾がハタハタと揺れて、今にもお空に飛び上がりそうになっていたのが、彼女を見送ったわたしの瞳にいつまでも焼き付いていました。
なんとなく、後ろ髪を引っ張られているように感じながら、帰り道を数歩歩いて。
「……もしかして」
ふと、一つの考えが頭をよぎりました。
「……わたしも、お兄ちゃんに会いに行くときは、あんな風に見えてるのかなぁ……」
これから行く場所を想い、ハタハタとエプロンドレスのスカートを揺らしていた自分の翼と尻尾に気が付いて、ほっぺがより熱くなっていくのを感じました。
「……こんにちは。ランドお兄ちゃん、いる?」
いつものように、合い鍵を使ってお家の中に入ったわたしは、廊下の奥に向かって声を上げました。帰宅したときの挨拶が“ただいま”じゃなくて“こんにちは”なのは、ここがわたしの本当のお家ではないからです。
「ん、はーい」
廊下の突き当たり、リビングとキッチンに続くドアの向こうから声が届きました。
しばらくして、わたしより一回り年上の男の人がエプロン姿で現れます。
この人がわたしの、“お兄ちゃん”。
「おかえりなさい、ワンダ。今日も、リリィちゃんと一緒に帰ってきたのかい?」
お兄ちゃんの柔らかな表情を見て、優しげな声を聞いた、その瞬間。
心臓がトクンと跳ね上がり、ぶるぶるとした震えが足のつま先から頭のてっぺんまでを一気に駆け上がりました。それは決して、身体が凍えてしまったからではありません。イヤな感覚でももちろんありません。
それは、温かなお風呂に肩までじっくりと浸かったときのような、とても心安らぐもの。
じんわりと、身体の芯まで暖かくしてくれるもの。
「……うん」
「そっか。いつも仲が良いようでなによりだよ。……今日も確
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
13]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想