冬の訪れ。すっかり葉が枯れ、丸裸になった木々がひしめく森の中。
しんしんと雪が降り積もる白銀の世界に、ぬめるもの同士を擦り合わせる粘っこい水音と、断続的に繰り返される荒々しい息遣いが絶え間無く響いていた。動く者無く、それ故にどこまでも澄み切った雰囲気を保つ空間に唯一響き渡るそれらは、知らぬ者が見たならばそのあまりの巨大さに誰もが驚愕するに違いないであろう、人間大ほどもある花の蕾から聞こえてくるようだった。
無数の雪の結晶で、氷菓子のようにデコレーションされた、それは。
「アルラウネ」と呼ばれる妖花、その、冬の姿だった。
植物型の魔物であるアルラウネは、今では寒々しい姿を晒す周囲の木々と同様、寒さに弱い生物だ。そのため冬が訪れると厳しい寒さを凌ぐために越冬をし、春を待つ。この時、越冬の際に彼女達が取る行動は二つに分かれていて……それは「番い」となる「人間の男性」を手に入れているかどうかで、大きく変わってくる。
一つ。「番い」を得ていない場合は、「冬眠」。
気温が低くなってくると、彼女達は自らの身体の一部である花弁を閉じて蕾となり、美しい女性の姿をした本体を内に包み込む。そしてそのまま、地中から吸収し蓄えた養分でもって、新緑が芽吹き始める春になるまで休眠する。
そして、もう一つ。「番い」を得ている場合。
花弁を閉じ、蓄えた養分を使って越冬しようとするところまでは、普通に冬眠する場合と変わらない。しかし「番い」となる男性……「最愛なる夫」を得ている場合のアルラウネは、冬の間も休眠することはない。
夫をも花弁の内に取り込んだアルラウネは、自らの子を成すために越冬の間ずっと、夫とまぐわい続けるのだ。子作り、および夫を生かすために必要な、例年より多くの養分を地中から吸い上げた彼女達はその魅力的に過ぎる女体でもって、男性の精力・活力を促す自身の魔力と、狂おしいまでの愛情・快楽を夫へと捧げる。そうしてアルラウネにとっての赤子である「種子」を身篭るために必要な「精」……精液を、自身の子宮へたっぷりと注いでもらうのだ。
大好きな夫と日々一日中まぐわい合い、注がれ続ける愛情と子種を余すことなく受け入れ、その結晶を孕む。死をも伴にするだろう生涯の伴侶を手に入れた彼女達は、春を迎えるまでの間、ただそれだけに、終始する。
このアルラウネはどうやら、その伴侶を手に入れている個体であるようだった。
「……ちゅぱぁっ♪ キス、素敵ぃ……きもちぃですぅ……っ♪」
今この瞬間にも、愛する人へ向けた熱っぽく、それでいて鈴を転がすような可憐な声が一つ。それは花弁の内側から雪林へと溶け込み、静かに降り積もる白色の奥底にまで染み渡っていく。
「キスぅっ♪ もっとキス、くださいぃっ……♪」
それは接吻を強く求める、極めて率直かつ、情熱的な言葉。懇願と言い換えてもよいだろう。愛し愛される、強い絆で結ばれた間柄だからこそ許される、どこまでも甘ったるい言葉だ。
「まだ、足りな、んむぅっ♪」
それが唐突に途切れた次の瞬間から、一時的に鳴りを潜めていた淫靡な水音が再び、響き始める。桃色に薄らと色付く巨大な蕾、その内部では、一糸纏わぬ裸の男女が解答不可能な知恵の輪の如く固く絡み合い、口元が滴る唾液に塗れてなお熱いベーゼを交わす、そんな、見ている方が熱にあてられ蕩けてしまいそうな光景が、延々と繰り広げられていた。
激しさを増していく水音の中心で立ったままひしと抱き合うのは、中肉中背の青年と、透き通るような新緑色に肌と髪を染める美しい女性。件の番いと、アルラウネの本体だ。
青年は、アルラウネの流線形にくびれた腰元を掻き抱くように抱き寄せて。アルラウネは青年の首から背にかけて両腕を回しつつ、自身の身体の一部である長い蔓を彼の胴体にぐるぐると巻き付けて、二人の身体が密着するように引き寄せている。青年の胸板の上で押し潰れた豊満な乳房が、その抱擁の強さを物語っていた。
「っぷぁ、あなひゃの顔、もっと、よぉく……見へて、くらはい……っ♪ ……格好良くへっ、はむっ♪ ……りりひいかおぉっ♪」
外界から完全に遮断されている蕾の中はしかし、アルラウネの身体から溢れ出す高密度の魔力が淡い光を放ち、存外に明るい。熱いキスを交わす二人は、どこか幻想的な明かりに照らされながら、間に何も有りはしない零距離で見つめ合う。互いの瞳にそれぞれ映り込むのは、凛々しく整った青年の顔と、幼さと大人っぽさが同居したような童顔を、紅に濃く染めた女性の顔。
見つめ合う視線の熱さと同様に、人二人が収まるのがやっとの狭苦しいそこは雪が舞い散る外側とは一変、むんとした熱気と湿気で満たされていた。花弁の内壁には大粒の結露が無数に張り付いている。「
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