「おお……!」
「どう、気に入った?」
「うむ! これは、すごいな!」
白色の照明を一定間隔で煌めかせる高い高い天井と、広々としたフロア全体に所狭しと並んでいる商品陳列棚を前にして、彼女は感嘆の声を上げた。腰の辺りから長く伸びた太い尻尾が、満足げに左右に揺れる。
僕の隣でやや興奮気味に目を輝かせている女性は、僕の婚約者であるヒスイさん。ファンタジー界隈ではその名を知らない者はいないだろう、ドラゴンという種族の魔物であり、「翡翠」という名前に違わない深緑色の鱗が特徴的な美人さんだ。ハンチング帽の下から流れるアメジストのように透き通った紫色の髪が、照明の光を煌びやかに反射していて、見ていてホレボレする。濃い色合いのジーンズと黒い無地のセーターは、質素ながら彼女の元来持つ凛々しさを強く引き立てていた。
「喜んでくれたようで、なによりだよ」
「ああ! これなら我とお前の愛の巣を作るに、申し分あるまい!」
「ちょっ、ヒスイさん、しーっ!」
やたらと通る声で店内に響き渡った問題発言に、ギョッとして振り返る他の買い物客たち。それを見て、僕は慌てて彼女を諫める。「何を恥ずかしがることがある」と不思議そうに片眉をつり上げるヒスイさんは、しかし素直にそれ以上の言葉を呑み込んでくれた。
僕たちは今日、都内某所のショッピングモール内にある、大きなホームセンターにやってきていた。
つい先日、婚約に伴って「向こうの世界」から移住してきたヒスイさんと、晴れて一緒に暮らすことになった……のはいいんだけれど、これまで僕が住んでいたアパートは一人暮らし用の八畳間。二人で暮らすにはあまりに狭すぎた。そのため僕たちは、もっと広く住み心地の良い住居へと引っ越すことに決めたのだった。
このたびの買い物は、そのための下準備。
新しい住まい用の家具や雑貨の下見、もしくは軽く買い揃える算段なのだった。
例えば、ダブルベッドとか、枕を二つ、とか。
「……うん」
桃色めいた情景が、瞬時に脳裏を駆けめぐる。
今晩は凛々しく自信に満ち溢れた彼女の、けれども可愛らしい一面を、一体どれだけ満喫していられるだろうか。
「何をボーッとしておるのだ、ケイタ。さっさと行くぞ」
「……おっとっと。待ってよヒスイさん。一人で行動するとまた迷子になっちゃうよ」
「いつもお前が見つけてくれるから問題無い!」
「探すほうの身にもなってよ……」
僕の名前を呼びつつ、鉤爪の付いた大きな足でズンズンと先を歩いて行ってしまうヒスイさん。いつの間にか手にしている買い物カゴが、彼女の浮かれっぷりを示唆している。僕は名残惜しみつつも甘い思考を断ち切って、彼女の後を追いかけた。悪癖だと自覚しているくせにいつまで経っても方向音痴な彼女を、放っておくわけにはいかない。
「まず、何を見にいこうか?」
「調理器具だ!」
ヒスイさんは迷わず即答する。
「お前の作る飯は美味い! 何よりも先に買わねば!」
「……お褒め頂き恐悦至極」
「くるしゅうない!」
打てば響くような会話が心地良い。
僕としては真っ先にベッドを見に行きたかったのだけど、彼女の子供のようにウキウキとした表情を見てしまってはそうも言っていられない。長年使い続けて古くなってきたから、ちょうど買い換えようかと思っていたところでもあるし。
「新しい住処が決まったら、祝いにまずはアレを食べたいものだな!」
「アレって?」
「ほれ、我とお前が初めて出会った時に、見事我の胃袋を負かしてみせた……」
一呼吸、溜めて。
「……ハンバーグ、だ! 楽しみだなぁ!」
当時の様子を思い出したらしく、ヒスイさんはじゅるりと、口の端から垂れそうになった涎を啜った。
「あ、キッチンコーナーはこっちだよヒスイさん」
「おおっと!」
夢中になって前進する背中を引き留めると、彼女は勢い余って前につんのめった。
僕とヒスイさんの出会いは、「向こうの世界」で食材探しの旅をしていた一年前に遡る(僕はこれでも、料理人という職業に就いている)。食材探しを兼ねたフィールドワークに夢中となり、うっかり迷い込んでしまった森の奥深く、ヒスイさんが当時ねぐらとしていた洞窟に足を踏み入れてしまったのが、僕たちの馴れ初めだった。
時期は冬も終わり、しかしながら動物たちの姿は未だ少ない春直前。中途半端に冬眠から目覚めてしまい、空腹の絶頂にあったヒスイさんに頼まれて、野宿用に持ってきていた携帯調理器具と集めた食材で魔界豚のハンバーグを作ってあげたのが始まりだった。あの時の至極幸せそうな彼女の表情を、僕は生涯忘れることは無いだろう。人に食事を振る舞うことを生き甲斐とする料理人として。
……心底必死な鬼気迫る顔で、「飯をよこせ。今すぐ」と
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