デビルちゃんに癒されたいっ!


「ただいま……」

 残業上がりの会社帰り。
 我ながら覇気のない声が、自宅アパートの玄関口に細々と響く。

「あ! おかえりなさいダーリン……ちょっと、大丈夫?」

 仕事でクタクタになった身体をよろめかせながら室内に踏み入ると、同居中の恋人、亜子の幼げな声が耳に届いた。
 バラエティ番組を見ながらケタケタ笑っていた彼女は僕を見るなり一転、とても心配そうな顔になって立ち上がった。自分ではよく分からないが、それだけ酷い顔をしているらしい。

 食事に洗濯に夜のお供にと、何から何まで尽くしてくれている大事な恋人に、こんな顔をさせてしまった自分が情けない。しかしそれが分かっていても、僕はろくに反応も返せないまま、安物のパイプベッドに身を沈めることしかできなかった。
 脂ぎった顔面に、ひんやりとした枕の生地がへばりつく。数日分の抜けない疲れが重石のように肩から背中からのしかかり、汗まみれのワイシャツを脱ぐことすら許してくれない。

「ダーリン、ホントに大丈夫? ……キモチイイコト、する?」

 人間とは少し違う存在――「魔物」である亜子なりの気づかいが耳に痛い。
 平時であれば即襲ってしまいたくなるような彼女の誘惑も、けれども今回ばかりは、一寸たりとも股間が反応することはなかった。僕の精神と体力は、自分で思っている以上に底を尽きかけているらしかった。

「……ごめん、そんな気力無いや……」
「……そっか」

 溜め息まじりの呟きに、なおさら申し訳なさが募る。
 鼻と口を枕にうずめる息苦しさを、自傷行為さながらに受け止め続ける。
 こんなことで自身の未熟さが許されるわけはないのだと、理解しているにもかかわらず。

 しばらくして、ふわりと、後頭部に柔らかな感触が乗っかった。
 心安らぐじんわりとした人肌の温度は、紛れもなくよく知った恋人のものだった。
 枕から顔をずらし、片目だけでそちらを見やる。そこには、黒目に縁取られた真紅の瞳を薄く細め、慈しみのこもった笑みを浮かべて僕の頭を撫でつけている、青い素肌の女の子が在った。

「今日も一日、おつかれさま」
「…………うん」

 乾いた砂漠に降り注ぐ慈雨のように、ささくれだった心がぽつぽつとうるおい出す。
 よしよしと優しく髪の毛を梳かれるたびに、心に巣くったドス黒いもやが少しずつ、少しずつ晴れていくのが分かる。
 ほっとする心地良さに目蓋を閉じれば、何やら熱いものが目頭をじわりと濡らした。

 一見して小学生にしか見えない幼い見た目にして、まるで天使のような慈愛と抱擁力に満ちた――こんな情けない自分にはもったいないくらいの、良い女だった。

 まぁ、当人にそんなことを言おうものなら、腰から生えた黒い羽と尻尾を可笑しそうに揺らしながら、「私は悪魔(デビル)だよ」だなんて、コロコロ笑うんだろうけど。

「……ねぇ、ダーリン」

 微笑みを浮かべたまま、亜子はこちらの耳に唇を寄せて。

「……仰向けに、なれる?」

 囁くような、それでいて艶のある声音が鼓膜を揺らした。
 ルビーのように透き通る彼女の瞳にはほんのりとアヤシイ色が宿っていて、僕はすぐさま彼女の言葉の意図を理解する。
 しかしながら僕は不安になってしまい、でも、と口をついていた。自分から動く気力がない以上、僕の愚息がしっかりと反応してくれるかどうか定かではない。

「くふ、私を誰だと思っているの?」

 僕の心情を読み取ったらしい、心外だ、と言わんばかりにおでこを突付いてくる可愛らしい悪魔の姿に、それもそうかと腑に落ちる。
 亜子と同居しはじめてからというもの、彼女による「癒し」は幾度となく経験してきたけれど、たとえどんなに疲れていたときでも……いや、もしかしたら心底まで疲れきっていたからこそ、施しを受けて反応しなかったことはかねて一度もなかったのだった。

 だから今回も、きっと。
 期待に胸を膨らませた僕は疲れきった身体にどうにか力を込め、うつ伏せから仰向けへと寝返った。

「ん〜〜……っ
#9829;」

 そうして露わになった僕の唇に、亜子はそっと口づけをしてきた。
 唇をちろちろと舐めてきたのでこちらも舌を伸ばして出迎えると、ぬるりと小さな舌が絡んできた。まるで子供をあやすにも似た、優しく緩やかなディープキス。決して激しくはない、けれども濃密な蜂蜜のようにねっとりとした応酬をしばし楽しむ。

 数分ほど甘い唾液を交換したあと、名残惜しむように薄紫色の唇と舌が離れていき、少しとろけた視線と微笑みが僕のそれと交わった。

「……えへへ♪」

 恥ずかしそうにはにかんだ亜子は、そそくさととベッドによじ登る。
 そのまま僕の股の間に収まり、ベルトのバックルに手をかけた。
 カチャカチャン。慣れた手つきであっという間に金具は外さ
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