らっぶらぶゲイザーちゃん



 一体、どうしてこうなったのか。

 背から目玉付きの触手を無数に生やす、世にもおぞましく醜悪な姿をした一つ目の化け物、ゲイザーであるところのあたしは、ひたすらその文面だけを繰り返し思考していた。現状、それ以外を考える暇は無い。もしもその一文から意識を逸らしてしまったなら、今もこの心身を苛む衝撃によって、あたしの理性は容易く狂わされてしまうだろうから。

 事の発端は、ある一人の男だった。
 外見を見る限りでは、少年から青年へと移ろう辺りといったところか。どこか気弱で頼り無さそうな仕草と、ともすれば軟弱とも取れる柔和な笑顔だけが特徴的な優男だ。ソイツがあたしの前に初めて姿を現したとき、開口一番放った台詞は、

「一目見たときから好きでした! 僕とお付き合いしてください!」

 ……などという、頭のネジが宇宙の果てまでブッ飛んだとしか思えない二言だった。

 その発言を耳にしたあたしはもちろん、ソイツのケツを思いっ切り蹴り飛ばすことで対処した。
 あたしみたいな怪物を好きになる、ましてや見初める物好きなんているわけがない。どうせ、性根の腐れたクソガキ共が興じる罰ゲームか何かの矛先が、あたしに向いただけの話だろう。そのときはそう考えた。地面の上に突っ伏して、砂まみれになりながら悶絶するソイツの有り様を、あたしは冷笑と嘲笑をもって見下ろしていた。

「舐めんな、馬鹿が」

 一言吐き捨て、その場を後にする。
 これに懲りて、この馬鹿な男も今後一切あたしに関わろうとはしなくなるだろう。これまであたしのことを胸糞悪い眼差しで眺めていた奴らは、全員同じように、あるいはもっと酷い目に合わせて追い払ってきたのだから。

 ……そうなると、思っていたのに。

「こ、こんにちは! あの、美味しいお菓子持ってきたんですけど、これから一緒にどうですかっ!?」
「……は?」

 次の日も、そのまた次の日も。コイツはあたしの前に現れた。
 それこそ、蹴り飛ばしても、撥ね付けても、罵声を浴びせかけても、懲りずに何度だって現れた。初めて遭遇したときと同じ軟弱そうな笑顔に、全身が痒くなるような甘ったるい言葉を相変わらず引っさげて。お菓子だの、野原で摘んだ綺麗な花だの、こないだ体験した面白い話だののおまけ付きで。

(……ぁあ、しつこいっ!)

 正直、気味が悪かった。生まれてこの方存在しなかったからだ、こんな一つ目の化け物相手にここまで絡んでくる人間なんて。正体不明、得体の知れなさに内心恐ろしくなったあたしに出来たことといえば、差し出されるお菓子や花を片っ端からはたき落とし、何か口を効こうとするたびに鋭い蹴りを見舞ってやり、ひたすらに拒絶する、ただそれだけだった。それら以外の対応方法を、あたしは知らなかった。

 そんな日々が、一ヶ月。一ヶ月も続いた。

 ……どれだけ拒絶しても、コイツはあたしに会いにくるのを一日だって止めなかった。

 流石のあたしだって嫌でも察する。コイツはその台詞に嘘偽り無く、本当にあたしに好意を抱いているのかもしれないと。何をどう間違えたのか、こんな化け物のことを心底好きになってしまったのだと。毎日毎日、あたしの元に通い詰めるほど、熱心に。もしその推測が当たっているのだとするならば、それは……それは、独りぼっちのあたしにとって、とてもとても、嬉しいもので。

(……でも)

 だけど。
 あたしは、やっぱり不安だった。怖かった。今までが今までだったから。

 心の内では何を考えているのか分からないのが人間だ。分かりやすい視線や表情を向けられるならまだいい方で、何食わぬ顔の裏でドス黒いことを考えている可能性があるぶん、まるで信用ならない。突然現れたこの男も、もしかしたらそういう類の人間なんじゃないか。本当は裏に何らかの打算を抱えていて、いつか土壇場で裏切るんじゃなかろうか。……彼との時間を重ねるほどに、そんな不安と恐怖は、相乗的に強くなっていった。

 だからあたしは、強行手段に出た。

 あたしは適当な理由をつけて、彼を自分の住処へと誘い込んだ。
 人里から離れた森の中、人気なんて全くない小さな洞窟を整えただけの自宅にホイホイと足を踏み入れた彼、その両目を、真正面から覗き込む。

『一つ目を好きになれ。あたしのことを好きになれ。何があっても、あたしを捨てるな』

 そうして、強く強く、『暗示』をかけた。

 あたしはいつの間にか、彼に深く依存していた。彼の傍に在り続けたいと願っていた。彼があたしの傍を離れたときにこそ、耐えがたい孤独を感じるようになっていた。……いつか捨てられる妄想を抱いては、それを必死になって思考から掻き消していた。

 仮にあたし達の間柄が、打算と策略に満ち満ちた紛い物であるとしたならば、そんなもの、あたしの能
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