画面の奥の、記録の先。
そこに映るのは、遥かな海。
もうすぐ映るはずだ。
そんな期待を抱いた僅かの後、一つの影が画面に映る。
「わあ、きれ〜い。」
頭をすっぽりと覆う……を通り越して、最早視界を塞いでいるのではないかと思わせる大きな帽子。
纏う、と言うよりも包まれている、と言った方が正しそうな、身体に見合わぬ法衣。
彼女がそれを持っているのか、或いはそれに彼女が支えられているのか、それすら分からないような巨大な石版。
そして、これが唯一彼女相応なのであろう、しなやかな人魚の尾。
幼き海の神官が、明るい笑顔でこちらを覗き込んでいた。
<やあ、こんにちは。>
記録の中の僕は、彼女に親しげに語りかける。
「えっ?」
幼い笑顔に、疑問が浮かぶ。
「いしさんが、ぴかーってひかって、こんにちはってしゃべった!」
<石さんって…まあもう慣れたけどさ。>
多分に、いつも通りの反応。
当時の僕も、既に慣れていたのだろう。
呆れながらも、落ち着いて応対する。
「すごいすごーい!ねえ、もっとしゃべって!いっぱい!い〜っぱい!!」
<一杯喋れって言われてもね……>
<それじゃあ、君の名前は、何ていうのかな?>
……何故喋れと言われて名を問うんだ。過去の僕。
「えっとね、えっとね、わたしはね!まいらって言うの!」
<ふうん。マイラって言うのか。いい名前だね。>
そんな僕の突込みなど気にもせず、記録は過去を語り続ける。
「うん!ままがつけてくれたんだよ!」
<ママが付けた…か。やはり魔界と言えど、親子の絆は同じか。>
考察するのは良いが、それをそのまま呟くのはいささか迂闊だろう。
「……どうしたの?」
案の定、少女の突込みが入る。
<ああ、いや、何でもないよ。>
いや、それで誤魔化せる訳が…
「それじゃあ、いしさんのなまえはなあに?」
…あったんだな。
<ああ、これの名前か。>
<これは異世界調査用多環境適応型通信端末、型番はQB-39だね。>
待て、そんな事言って分かる訳が、というかサラリと目的をバラすなよ……
「いせかいちょうさ?きゅうべえさんきゅう?」
<ああ、いや、ごめん。冗談だから忘れて。>
「むぅ。いしさんうそついたの?」
少女の顔がぷくっと、ちょっとした風船のように膨らむ。
まず間違いなく、怒りか疑念、そういった感情を抱いているのだろう。
言わんこっちゃ無い。
<まあ、そうなるかな。ごめん。名前は無いんだ。>
「なまえ、つけてもらえなかったの?」
膨らんだ顔がたちまち萎み、そこには憂いが浮かぶ。
<ああ、そうだね。>
「それじゃあ、わたしがつけてあげる!」
たちまちの内に憂いは消え、再び浮かぶのは笑み。
本当、純粋な子だな。
これが幼さから来るのか、それとも生来のものか、それは分からないけれど。
「えっとね、えっとね!」
満面に笑みを浮かべながら、必死に悩む少女。
違和感を感じる気がしないでもないが、本当にそうしているのだから仕方ない。
「きめた!いしさん!」
<ふむ、どんな名前かな?>
「だから、いしさん!」
<……それ、名前?>
「いしさんはいしさんだよ!」
<……>
……珍しく気が合うな、過去の僕。
まあ、これは仕方ないだろう。
<うん。ありがとう。>
「どういたしまして!いしさん!」
これが、僕らの出会い。
記録を辿る限りでは、およそ一ヶ月ほど、こうして僕らは語り合っていた。
そして僕は様々な事を知った。
それこそ、この世界の宗教から、彼女の孤独な境遇まで。
彼女がもっていた知識量は、決して多くは無かった。
まあ、当然だろう。
彼女は年端も行かない幼い少女だ。
だが、そうであるが故に、彼女の純粋な言葉は、何よりも正確にこの世界の真実を照らしていた。
果たして彼女がこの調査にどれ程の貢献をしたか、到底計り知れるものではない。
そう、僕の魔界に対する基本的な認識は彼女との問答で成り立ったと言っても過言ではないだろう。
また、僕が手にしたものは、それだけでは無かった。
……思えば、僕は彼女に対して幾分かの庇護欲を抱いていたのかもしれない。
それが、後にどれ程自分自身を苦しめる事になるのかも知らずに。
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