序 「失ったはずの欠片」

いつもの様に家へ帰り、いつもの様に端末にアクセスする。
そして、いつもの様に異世界の営みを眺め、いつもの様に記録に留める。
それが、僕の日課だった。
今日もまた、とても日常的で、それでいてとてつもなく歪んでいる、そんな世界を見に行くつもりだった。
だが、画面に映る「それ」を見た時、そんな僕の予定は音を建てて崩れ去った。
もっとも、どう足掻いても異世界を覗けなくなったわけでもなければ、危惧すべき何かに気取られた訳でもない。
端的に言うならば、今日の「いつも」は今の「いつも」では無かった。
もう少し具体的に言うと、僕の眼前の画面はいつもは現れない、一つの情報を映していた。
それは、とうに失ったはずの過去。
「最善」を導かんが為に、切り捨てた願い。
もう二度と見つからないと思っていたものが、そこにあった。
それは、とある端末の反応。
特に珍しい訳でもない、異世界に数多ばら撒かれた端末の一つ。
強いていうならば、僕が異世界を覗きだした、ごく初期の端末だと言うぐらいだろうか。
もっとも、それを考慮に入れても、端末そのものに特に感慨がある訳でもない。
その反応が持つ意味は、それを通じて僕が知り、僕が語り、僕が紡いだ一つの願い、それに触れられるか否か。
それだけだ。
まあ、この時点では触れられる可能性が出来た、と言う事でしかないのだが。
しかし、それは僕にとって、相応に大切な可能性だった。
悪魔に魂を売っても構わないとまでは言えないが、今まで自分が残した全ての記録を投げ打ってでも手に入れたい、そんな可能性だった。
いや、何だかんだと御託を並べても、「諦めた」という事実は否定できない。
多分に、あの時成した事で満足してしまったのだ。
自分はやり遂げた。
後は全て問題無い。
童話の中のお姫様が各々の過程を辿って夢を手にするように、彼女も願いを叶えられるだろうと。
馬鹿な話だ。
その姫が人魚姫であったなら、全てを抱えて泡と消えてしまうであろうに。
……今更何を。
僕の口は、そう呟く。
どういう訳か、様々な思索の果てに思い至った言葉と、画面を見てとっさに表れた言葉は、同じだった。
ついでに言うなら、その言葉が持つ意味も同じ。
そう、「諦め」だ。
しかし、言葉とは裏腹に、僕の指は速度を増す。
自分でも信じられない速さで、フォルダを漁り、ファイルを探す。
見つけた。
データの海の奥底に眠る、一つの記録。
何故、反応を確認する前に、記録を探したのか。
僕はそんな事を気にも留めず、食い入るように画面を見つめだした。
11/03/17 00:32更新 / リズニック
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