「あれが、迷宮都市イシュル・・・・!」
見晴らしの良い小高い丘にて、一匹の魔物娘が巨大都市を見下ろしていた。魔界にて数多くの魔物娘が購読している雑誌『monmon』で幾度も特集を組まれ、愛読者なら誰もが一度は夢見る理想都市。数々の夫婦がこの場所で誕生し、幸せに暮らしているという。
「ついにここまで来たのね・・・・」
そうつぶやいた少女――シイは、これといって特徴のないインプだ。容貌は美人というよりは可愛らしく、短くまとめられた蒼紫の髪にアホ毛がちょこんとのっている。背中についてる小さい羽が、期待と共にパタパタと動く。また、都市全体を映す金色の瞳にも、隠せない好奇心が宿っていた。
シイがこの都市へ来た目的は、愛する伴侶を見つけることである。魔物娘なら誰もが持っている薔薇色の妄想を現実にすべく、この地にやってきたのだ。決して生半可な道のりでなかったことは確かで、金、時間、その他様々なモノを犠牲にしてようやくたどり着くことが出来た。
迷宮都市イシュルは強固な高い壁の中に築かれた都市であり、出入りが厳しく管理されている。その徹底ぶりは出入り口が人間用と魔物娘用にきっちり分かれているのを始めとして、魔物娘が都市に来るルートまでもが制限されているほどだ。これは人間に気づかれないために必要な措置であり、もしルールを破ろうものなら普段から暇な深層のボス達がおしおきという名のストレス発散にやってくる。
シイも当然無謀な真似をするつもりはない。長かった道のりに思いを馳せつつ、「イシュル移住希望者はこちら」と書かれた道標が指す方向へと進んだ。
いよいよ都市に近づくと、ニマニマとした顔を引き締めることも出来なくなる。シイの頭の中では、まだ見ぬ未来の旦那様との甘イチャな生活が繰り広げられていた。
そんなシイとは裏腹に、門の前に立っていた門番からはやる気というものが感じられない。門番は全身から出る気怠いオーラを隠そうともせず、シイに問いかける。
「こんにちは。種族は何?」
「インプです。名前はシイ」
「そう、ここイシュルでは都市に入る際に一定の額のお金が必要なんだけど、いま払える? ないのなら借金という形になるわ」
「大丈夫」
ある程度の情報は得ていたし、これくらいは想定済み。なけなしの貯金を全部崩してここまでやってきたおかげで、まだお金には少し余裕がある。シイは提示された金額を、小袋から取り出して渡した。
「・・・・っと、はい確かに。これが一時滞在許可証。入ったらダンジョンギルドに寄るのよ。都市の中心に、誰でも分かる明らかにでかい建物があるからそこを目指して」
「ありがとう」
「シイさん。イシュルはあなたを歓迎するわ」
シイは期待に胸を膨らませていたためか、門番が意地悪そうな顔でニヤッと薄笑いを浮かべたことに気づきはしなかった。
「わあ、すっごーいっ!! ここがイシュルなんだ・・・・」
とてつもなく大きい都市だと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
都市に乱立する建物の大きさや数も圧巻ではあるが、何よりシイは、今まで生きてきた中でこれほどの魔物娘達に会ったことはなかった。種族も多種多様で、スライム、ゴブリン、オーク、ラミア、ケンタウロス、リッチとなんでもござれだ。
ただ、目に入るのは魔物娘ばかりでシイの目的である人間はいない。というのもイシュルは、東の人間が住む区域、西の魔物娘が住む区域が大きくて分厚い壁によって二分割されており、両区域は徹底した管理がなされていたからである。
シイは少々拍子抜けしつつ、さきほどの門番に言われた通りにダンジョンギルドへと向かい始めた。
このダンジョンギルドというのは、人間が作った冒険者ギルドをパクったようなもので、人間からは『探索者ギルド』とも呼ばれている。都市の中心部にあるやたらでかくて高い塔の中にあり、その下には全百階層の『世界蛇のダンジョン』が存在している。運営に携わっているのはほぼ全て魔物娘というのがギルドの実態であり、ダンジョンギルド自体が魔物娘のためにあると言っても過言ではない。
そしてダンジョンに潜る人間やイシュルに住む魔物娘は、このダンジョンギルドに必ず登録しなければならない決まりがあった。この決まりがあるからこそ潤滑なダンジョン管理が出来るのだが、シイを含め多くの魔物娘にとってはあまり興味のないところである。
「・・・・それにしても遠くない?」
ちなみに都市入り口からダンジョンギルドまで歩いて一時間以上かかり、シイは改めてイシュルの大きさを思い知ることになった。
シイがやっとの思いで入ったダンジョンギルドの中は、その立派な外観に似つかわしく、とても広くて小綺麗なものであった。
「新規登録の方ですか? こちらへどうぞ」
「あ、はい」
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